ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

<日曜日だけど、仕事の話をしよう。> 第3回 成田青央(ビジネス作家)―2―

まずは―1―からお読みください



●僕はただ、「書きたいこと」だけを書いてきた
――ところでこの会社時代に、原稿を書き始めたとか?
とある求人誌でデビューしたんです。そういう雑誌って、巻頭の特集がありますよね、読みものページの。そこに載って。
話が前後しますけど、僕は求人誌を読むのが趣味なんですよ(笑。こういう経歴なんで、常に仕事を探してる。フリーペーパーも全部読んでるし、もちろん有料のやつも読んでるし。とにかく見たことないような仕事はないかと、探してるんですよ、毎週。それは20代からずっと見てる。
で、その求人誌がたまたまね、転職がテーマのエッセイを募集してたんですよ。転職をけっこうしてる人の笑えるエピソードみたいな、それを募集してて。面白いエピソードだったら巻頭でインタビューしてくれるというので、応募したんです。そしたら、すぐ連絡来てインタビューさせてくれって。
そのときの編集者から後日、自分の担当してる枠の人がやめるから、ちょっとエッセイをやってほしいみたいな話がきたんですよ。仕事で悩んでる人の悩み相談というか、そういったエッセイです。それを月イチ1ページの連載でやって。それが一番最初ですよね。

――この雑誌では、もう一つ連載を抱えたとか?
その連載がまあまあ評判だったので、今度その巻頭特集の中でも一番でかい、6ページの原稿を頼まれたんです。内容はビジネス関係の基礎知識ですね。マーケティングでも、ビジネス英語でも、1テーマ6ページで誰でもわかるように書いてほしいと。それで、経営コンサルティングの仕事の知識が使えるんじゃないかと思って。
ただ、僕はその雑誌で連載やるまで、人に見せるような文章を書いたことがなかったので、6ページはちょっときついと言ったら、試しに1回だけやってみてくださいと。

――最初のテーマは何だったんですか?
よく、その年にヒットした商品ってありますね。あのヒット商品を分析したい、絶対共通点があると思うからと言って6ページ書いたんです。「ヒット商品の法則」っていう感じで。それがけっこう編集長とかに気に入られたみたいで。普通のライターじゃなくて、仕事の現場でいろいろわかってる人に書いてほしいということで、毎月一回やってくれって話になったんですよね。でも、先ほど言ったエッセイも書いてたので、掲載の週をずらしたりして。おなじ雑誌の一週目と三週目とか、そういう組み合わせでだいたい3年ぐらいやっていましたね。

――書いている間、コンサルティングの仕事はずっと続けてたんですか?
書き始めてから1年ぐらいで、経営コンサルティングの仕事は辞めました。というか、けっきょくリストラされたんですよ。個別リストラじゃなくて、部署リストラなんですけど。
その会社は部署がけっこう細かく分かれてて、開発でも営業でも、細かいんですよ担当が。で、僕の担当してる営業先がとにかく悪くて、全体的に成績が。それで経営者がもっと優良な部署に統合して、そこの営業をやらせようと。だから、うちの部署のマネージャーだけが残って僕たち末端の営業は全部切る。それももう、労働基準法も危ないぐらいの切り方で。僕で一か月分の退職金。ほかのもっと成績悪い人は2週間ぐらいの退職金で切られました。

――その間、お金の心配はなかったんですか?
じつは、例の雑誌の連載だけで月20万円ぐらいもらってたんですよ。今考えれば異常に高いですよね。まあ、それだけの優良企業だったんでしょう。
で、リストラされたら失業保険みたいなのも出るし、お金の面ではしばらく困らないので、職を無理に急いで探すほどでもない。連載も特に終わる様子もないし、実際そのリストラの時からと2年間続いていますから。ずっと書きたいことが書けた。

――単行本のお仕事はいつから始められたんですか?
単行本の1冊目が出たのは、会社をリストラになる2か月前なんです。当時、僕、株をやってたんですよ。株で3、40万ぐらい月に稼いでたんです。
そのとき、ある出版社が素人の体験談募集というのをやっていて、株の本の企画を出したんですよ。まあ企画書だけですけど、こんなふうにやって、こんなふうに儲けましたよっていう体験談。その体験談の企画書がすぐ採用されて、翌日に電話が来たんです。いまとなっては考えられないですけど、運があったのか、たまたま決まって。
最初の単行本で200Pぐらい書きました。でも、これは原稿があまりにひどいんだったら出版しないっていう契約ではありましたけど。

――その本が無事に出版されて、売れたんですね?
出版社の方に言うほどの部数はないですけど、1冊目が1万部ちょいぐらいですかね。これでも、十分売れたほうだって言われてますけど。そしたら、別の出版社にまた本を出したいって言われたんですよ。で、3か月後くらいに2冊目を出した。これはリストラになる前に勤め帰りに書いてたんですけど。同じような株の本で、これはそんなに売れなかったです、7000部ぐらいで。
でも、素人とはいえ本を出しちゃうと嬉しいもので、ちょうど雑誌の連載もあったし、この世界でもやれるかもと思って、そのままやりたい仕事をやってました。書きたいことが書けるんだったらやってみたいっていうんで。まあ単純にチャンスと思ったんでしょうね。あまりに流れがよかったんで。出版社もみんな使ってくれたし、素人なのに。

――デビュー後はどういうお仕事の仕方だったんですか?
初期のころはもう、いまと違って「原稿持込」ですね。完全に書いてから持ち込んでる。企画書じゃなくて。逆に危険はあるんですけど。その原稿がダメだったらもう終わりなので。完成しちゃってると困るなぁと思う編集者多くて、つれない反応されたとこもありますけど。だけど、僕はずっと飛び込み営業やってたので、あんまり気にしないで、採用してくれるところがあるまで何十社も回って。初期のころはだいたい30社、50社ぐらいは持ち込んでいましたね。

――そうやって、自分の「書きたいこと」を最優先してきたんですか?
もう最優先ですね。とにかく出版社がどこか関係ないし、自分と相性が合う人を探してた。ただ、その書きたいことがあまりに広いってことも、途中で気づきましけどね。普通の人より。それは、だんだん、いろんな人にも言われるようになってきました。
株でデビューしたんだったら、株でずっとやってれば、いまごろ株の評論家になっててどこでも書けただろう。いまごろ有名になっただろうって言われます。実際、株の講師とかの依頼もいっぱい来てたし。でも、株の専門家なんてイメージつくの困るし、全部断りましたけど。
もともと、作家が夢とか本出すのが夢とかでこの業界に入ってないのが大前提にあるから、こんなふうに自由にやってるんだろうなって思います。いつ辞めたとしても、ボイラーに戻ったら楽しいだろうなぁ、とかいろんなことを考えるから、余裕が多分出ちゃってる。売り込み行ってもそういうノリだし、どうしても(本を)出してくださいっていうのはまったくないんです。

――でも、そういうスタンスで損することはありませんか?
書くジャンルが広いので、いろいろ不安だとは言われますね。最近書いた決算書の本も、公認会計士に書いてほしいとか、監修入れてくれと言われる危険があったんです。でも、それをつけないでやってこれたのは、僕、自分の本に自費でアドバイザーつけてるんですよ。専門的な知識ある人をアドバイザーで入れて、数字のチェックとか細かいチェックしてもらってるんで、そのことをまず説明する。それでも不安だったら、全部書くからその道のプロとどのくらいのレベルが違うのか見てほしい、なんていいながら何とか説得して。
だから、最後まで契約書が来ないこともあります。出版社の役員レベルが嫌がって、不安だから、本が出るまで契約書は渡せないって。決算書の本もそうです。最後の文章読むまで経営者からOK出ませんでしたから。

――成田さんが書かれた単行本で、一番思い出深い作品はありますか?
僕の中では絶対『ペット虐待列島』ですね。思い出深いというのもあるし、じつはこれ、一番売れてないんですよ、僕の本の中で。面白いのは一番売れてないんですけど、一番読者からの反響が多い本なんです。だいたい50倍ぐらい来てますね。ほかに1通手紙が来るとしたら、これには50通。とにかく異常に来ますよ、いろんな人から。子供からも来るし、小中学生とか、あと大学の論文に使いたいとか、高校生の自由課題に使いたいとか、動物のボランティア団体からも連絡来るし、獣医さんがうちの病院に置いていいかとか、そういうのが色々来ます。それがいちばん嬉しかった。

――この本の執筆には、ずいぶん苦労されたみたいですが?
二年半、潜入取材って言うか、名前隠してボランティア団体入ってずっとやってきたんです。それで全国回ってるし、あとヨーロッパも行ってるんですよ。取材には百万単位でかかっている本なので赤字です。まあ、赤字でも悔しくとも何ともないくらいの反応がありましたけど。
この本は、持込でも40社に断られて。売れないって言われました。ご存知のように「動物本」って感動ものじゃないと売れないんですよ。だから、そういう本に変えてくれって何回も言われて。変えるんだったら出すっていうとこはいっぱいたんですけど、僕がやる意味はないし。これはできた原稿をそのまま持っていったので、一切内容は変えませんって言って。
で、40社に持ち込んで一回あきらめて、半年ぐらい売込みしないでいたんですよ。本当にどこにも断られて、もうだめだと思って。でも、最後にリベルタ出版ってかたい社会派の本を出しているところが、やっと反応してくれたんです。そういう意味でも思い出深いですね。

――成田さんは5年で15冊というハイペースで単行本を執筆されてますけど、「書けなくなる」ときはないんですか?
基本的にはないですね。あったとしたら、2004年から2005年、この間はちょっときつかったです。2004年の1月に本を出してるんですよ。で、次の出版が2005年の7月。この間、本が出てないんです。持ち込みはこの間もしているんですよ。普段と何も変わらない企画のはずなのに、どこにも興味をもってもらえない時期が一年半。それはやっぱり考えますよね。もう、違うのかなと。自分はちょっとズレてきてるのかなと。
一年半後に出た『アロマとハーブ業界でスペシャリストになる!?』っていう本は、自分でも何でアロマとハーブが出てきたのかわからないところがあるんです。でも当時、自分がリラックスするためにやっていたことだし、それも話の中で出て突然決まった企画で、これも流れなのかなと。

――成田さんの今後のお仕事について伺いたいんですが。
(自分がしてきた)120の転職体験についての原稿はすでに書いたんですよね。エピソードとして笑えるのを集めて。
僕はいままで自分のことを一回も本に書いてはいないんです。仕事柄、なるべく客観的に書いてきた。でも、そういう(自分のことを書きたいという)欲求も出てくるし、これはただの自伝ではなくて、みんながしてない経験だし。
この話は、いまの時代のフリーターにもニートにも役に立つと思ってるんです。仕事のことで困っている人、みんなに読んでほしい。僕は本当に内向的で、人が苦手で、36になってもライターとして飛び込み営業して、いろんなバイト先に飛び込んで、年下とかにこき使われてやってきたところを見てほしい。それでも面白がってやってこれたし、対人関係で仕事がきついっていう人たちには、きっと役に立つだろうから。

――そのほかにも、作品の構想はあるんですか?
後はいま、恋愛小説も書き終わっています。
何で恋愛小説を書いたかというと、僕自身、恋愛小説で好きな本がないんです。僕は恋愛小説はまったく波のないストーリーが好きなんです。とにかく、日常のことを書いているのが好きなんですよ。でも、それだったら、ふつう出版社は出してくれない。
だけど、そういうのが好きな人もいるんですよ、僕みたいに。情景描写、舞台になっている町の風景が書かれているのが好きな人もいるんで。だから、そういった町の風景、それを中心に書いた小説なんです。自分ではすごい好きなんですけど、そういうタイプの小説が好きな人って多分百人単位しかいないと思うので。そういう人をターゲットに、自分のメルマガとかを利用して百人単位で売っていきたい。自分で売れば本当に読みたい人に読んでもらえる可能性が高いし、読者の反応もダイレクトにもらえて楽しいなと思ってるんで、今年はそういうことをやっていきたいです。
こういう仕事みたいに、金にこだわってない仕事ってすごく面白くて。普段はちゃんとお金をもらって書いているんだけど、そういう中であまりお金とは関係ない仕事をするのは、すごい新鮮で楽しい。

――仕事に対する中長期的なビジョンがあれば、教えてください。
まず、年間3冊本を出すのが目標です。このままのペースでいけば、30代で20冊。目標がある程度ないと書けないと思うので、そういう目標を立てています。それと平行していま話した恋愛小説のような、自分が書きたい本をバランスとって書くと楽しくやれるんじゃないかな。
あと、経験した仕事の数も200。できれば300が目標。とにかく仕事経験数ではダントツになりたいんです、僕は。誰も追いつけないところまで行きたい。こっちのほうが重要かもしれない、僕にとっては(笑。だって、いまだにこんなに色々な仕事を経験をするっていうのは、これはやろうと思っても多分みんなできないだろうな。ふつうの精神では多分できない。外交的な人でも難しい。いくら人が好きでもけっこうきつくなってきますね。だって、すごい色々な人が、色々な業界にいますから。

――最後に、同業者の方などに、メッセージを頂けますか。
作家志望の方に関しては、僕の経験からいったらやっぱり、「作品」ありきって言うよりは「自分の生き方」ありきのほうが、絶対いいと思います。とくにこれから一冊目を出すという人は、文章をうまくするとかものすごい作品書こうという以前に、面白い経験をたくさんして、それを作品にちりばめて、「オンリーワン」になってほしいなと。
やっぱり編集者の方には圧倒されるのでね。自分が一冊目を書いたときも、本当、何言われてもそうですねって言うしかなかったし。だから、編集の方が経験してないようなことを経験して、こちらが圧倒したほうがいいんじゃないかなって思うんです。「お前、とんでもない経験してきたなー」って。まあ、そういう人に反応するのが一流の編集者だし、そういった編集者に当たる可能性をめざしたほうが得するだろうし。やっぱり、暇だったら書くこと以外の面白い経験しながら書いていったほうが精神衛生上もいいと思いますけどね。
*このインタビューは、2006年3月11日の取材をもとに、ある編集者が構成・執筆したものです

★本企画、<日曜日だけど、仕事の話をしよう。>の趣旨については、こちらをご参照ください。
取材協力者の募集はそのうち再開します。
とくに、出版関係以外の方にご応募いただければ、幸いです。
(自分の視野を広げたいので)

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by aru-henshusha | 2006-05-28 23:59 | 仕事の話をしよう。