ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

だから僕は、「生きろ」と言いたい。(ヒトリゴト50)

僕には、小学生から中学生にかけての記憶があまりない。
もともと忘れっぽいたちだからと言えばそれまでだけど、多分、それだけではない。

小学校の高学年から、中学の3年間、僕はいじめられていた。
具体的にどういう目にあってたのか、すべては思い出せない。思い出したくもない。

ただ、中学校の修学旅行先での、あの日のことだけは覚えている。


あの日の夜、僕は自分の班の部屋で寝ていた。
当時僕をいじめていた男が、自分の部屋を抜け出して、僕の部屋に来た。

彼は、寝ていた僕の顔を、裸足で踏みつけた。
僕は、それでも寝たふりを続けた。

彼は、僕が起きるまで、その足で僕の顔を踏みにじった。
せっかちな男が、たばこの火を靴の裏でもみ消すように、何度も何度も。

僕はただ、「やめろよ」とだけ言って、布団をかぶった。
耳ざわりな笑い声を残して、彼は消えた。

本当に、本当に、殺してやりたかった。


だけど僕には、(あえてこの言葉をつかうが)「勇気」がなかった。
彼を殺す勇気も、あるいは自分を殺す勇気もなかった。

「死にたい」と思った瞬間は何度もあったけど、結果として生きた。
生き延びて、生き延びて、高校へ進み、大学へ進み、いじめとの縁は切れた。


いじめられていたころの僕にとって、人生は真っ暗な闇だった。
いや、厳密に言えば、ときおりそこに射す光に僕は気づけなかった。

一日一日が苦痛で、怖くて、たまに訪れるささやかな幸福も、心から味わえなかった。


じゃあ、いまの僕の人生は?

相変わらず、辛いことはある。理不尽で悔しいことも起きる。

でも、楽しい瞬間を、心から楽しいと思えるようになった。
闇にときおり射す光を、まぶしくて、大切なものだと気づけるようになった。


人の一生に、楽しい瞬間や幸せな時間が占める割合がどれだけあるのか、僕は知らない。
その割合は、きっと、人によって違うのだろう。

けれど、誰の人生にでも、いつかはそういうときがあるはずだと、僕は思う。

たとえそれが、思いのほか少ない時間であっても、
その一瞬のために生きてこれたと思えるときが、誰の人生にもあるはずだ。

根拠はないけど、僕は思う。


だから僕は、「生きろ」と言いたい。


つらい気もちはわかる。殺したい気もちもわかる。死にたい気もちも痛いほどわかる。

でも、死んでしまえば、本当に終わりだから。
あなたの人生に射す光を、気づかないまま死んでしまうのは、悲しすぎるから。


生きることは、決して真っ暗な闇なんかじゃない。

頼りない「先輩」の僕としては、これぐらいのことしか言えないけど。

しぶとくしぶとく、生きてほしい。
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by aru-henshusha | 2006-11-04 14:21 | 不定期なヒトリゴト。