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by aru-henshusha

「知る」ための読書と、「味わう」ための読書。

【HR】 速読について(MORI LOG ACADEMY)
小説においても、1冊の本を数時間で読む人は、物語を「知った」だけである、と僕は思う。そういう読み方ももちろんあるだろう。僕はそういう読み方をしない、というだけだ。ただし例外的に、短時間で読んでも現象を理解できる天才的な読み手が存在することも僕は知っている。
普通の小説ならば、最低でも数十時間を要し、数日かけて読む。そこに起こっている現象を理解するためだ。そして、そういうふうにして読んでいると、まったく現象が描かれていない小説が世には存在することに気づく。たぶん、「知る」ことだけを目的に書かれたものだろう。そういう小説は、僕には読む価値がない。
僕は、読書には、大別して二種類あると思っています。

ひとつは、上の記事とも関連する「知る」ための読書。
もうひとつは、「味わう」ための読書です。


僕が仕事に関連して本を読むとき、それはたいてい、「知る」ための読書です。

たとえば、「勉強法」をテーマにした本を作ろうとしたとき、僕はそのテーマについて書かれた本を何冊も購入し、片っ端からかなりのスピードで読んでいきます。

そのとき大事なのは、

・何が書かれているか
・何が書かれていないか

を知ることです。

多くの本に書かれていることは、自分が作ろうとする本でも「落として」はいけないとメモする。
(逆に、常識だから省いてもいいやと思うこともありますが)

また、自分が知りたいのに、どの本にも書かれていないことは、はずせない項目だと覚えておく。
(もちろん、そもそも、そういった情報のニーズがないという場合もありますが)

このように、自分が本作りをするために必要な情報を「知る」ことが、この読書の目的です。

だから、短期間でこの<作業>を終え、そこから目次案を考えるなり、著者と打ち合わせをする段階に早く移ったほうがいい。
すなわち、できるかぎり「速く」読めるのに越したことがありません。


いっぽう、「味わう」ための読書には、そういった「速さ」は重要ではありません。

小説でも、エッセイでも、論文でも何でもかまいませんが、自分がよいと思った本を、時間をかけて好きなだけ味わいつくす。
これは、至福の時間ですから、極論すれば、長ければ長いほどよいかもしれません。

僕の場合は、「最低でも数十時間」を費やして読めるほど、趣味の読書に時間を避けないのが現状です。
けれど、たまの休みに外出もせず、ベッドの上で好きな本を読んでいると、どんどん時間が過ぎていき、その時間はとても愛おしいものです。


「知る」ための読書と「味わう」ための読書は、どちらがよいということはありません。

読む本の種類に合わせて、そのときそのときで、最適な読書法を選べばいいと思います。
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by aru-henshusha | 2007-02-25 22:53 | 本・出版