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by aru-henshusha

「イエス」と言えば、幸せになる。だけど、僕は「ノー」と言おう。(ヒトリゴト56)

人生には、ただ「イエス」と言えば、幸せになれるときというのがあると思う。

いや、そりゃ大雑把な言い方だけれども。
でも、あるじゃない、きっと。

何十年も生きていれば、そんな場面が、誰にでも、一度や二度あると僕は思う。


「イエス」を言う相手は、さまざまだ。

それは、恋人かもしれない。夫や妻かもしれない。
会社の上司かもしれないし、優秀なヘッドハンターかもしれない。
あるいは、家族の場合もあるだろうし、親愛なる友人の場合もあるだろう。
大きな話になるけれど、時代とか、大衆とかが相手になることもあるかもしれない。


多くの場合、そのとき「イエス」と一言言うだけで幸せになれる。
少なくとも、周りから見て、あいつは幸せだよなぁと思われるような展開になる。


けれど、僕はダメなんだ。

そういうとき、なかなか気軽に「イエス」と言えない。
いろいろ、いろいろ、ウジウジと考えてしまう。


考えて考えて、僕は僕に自問する。
お前はどうなんだ? お前は本当に「イエス」と思ってるのか?

僕はあれこれ考えたあと、やっと小さい声で言う。
「僕は、今回はノーだな」と。


僕は、本当に自己中で、わがままで、自分が好きな人間だと思う。
だから、自分が「ノー」と思ったかぎり、「イエス」とは言えない。

まわりの人が、「お前、何でイエスって言わないの?」とあきれても、
「そんなチャンスは、もう二度と来ないかもしれないぞ」と怒っても、
僕は、僕の「ノー」を一番尊重してしまう。


僕だって、本当は自信はないよ。
あとで、あのとき「イエス」と言っておけば今ごろは、と後悔するかもしれない。

だけど、それでも「イエス」とは言えない。

自分の中のどこかで、小さな声でも「ノー」という部分がある限り、
僕はその感覚を大切にしたい。



「ノー」と言うたびに、僕は誰かに迷惑をかけ、また誰かを傷つけている。

それはわかっている、いやっていうほど。

だけど、だからこそ、「ノー」と言ったあとに、きちんと生きていきたい。

今の「ノー」は、いつかの「イエス」につながるはずだ。
そう思って、寂しくても、僕は前を向く。
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by aru-henshusha | 2007-06-26 16:19 | 不定期なヒトリゴト。