ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

人は死んでも、誰かの中に。<ヒトリゴト。4>

c0016141_049083.gif「暮らしの手帖」という雑誌に、昔、花森安治という名編集長がいた。

彼の仕事のすごさ、すばらしさは、ここでは語り尽くせない。
編集者として、デザイナーとして、とにかくすごい人だった。

また、彼は戦時中に大政翼賛会にいて、「欲しがりません勝つまでは」のコピーを作ったのもこの人だという噂がある。
(ただし、本人は当時のことを後悔しており、戦後は反戦の姿勢をつらぬいた)

そんな彼のエピソードを、ZengyouNetというお寺のホームページ内のブログで見つけた。
(しかし、お寺もブログの時代ですか……)

いうことを聞く

彼が、亡くなるときに、暮らしの手帖社の大橋社長に言った言葉が胸を打つ。

大橋君。僕は死んでも行くところがない。だから僕は、君に移る。君の中に入り込む。
だから、君は困ったことや、どうしていいか分からないことがあったら、自分に聞け


これは、花森というカリスマが亡くなったあとの、「暮らしの手帖」を案じての言葉だったのだろう。
同時に、人の死というものについて、考えさせられる言葉でもある。

人は誰でも(僕もあなたも)、いつかは死ぬ。
けれど、それはあくまで、自分という肉体が朽ちるだけだ。
自分という存在が、この世から、みなの中から、まるっきり消えてしまうわけではない。

僕はときおり、自分が死んだあと、誰かの中に残れるか考える。

べつに、大勢の中に残りたいとは思わない。
一人でも、二人でもいい。

誰かの中に残り、その誰かの内なる声として、生き続けられるか。
それだけの価値がある人間なのか。

いまは、まだ自信がない。
[PR]
by aru-henshusha | 2005-02-12 01:24 | 不定期なヒトリゴト。