ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

それでも生きる、それだから生きる。(ヒトリゴト59)

c0016141_4145714.jpg唐突だけど、これから、一編の詩を紹介したい。

とても長くて、正直、引用の限界を超えているとは思うのだけど、
関係者の方は目をつぶっていただけるとありがたい。

紹介するのは、大野勝彦さんという、事故で両手を切断したものの、
いまは二本の義手で絵を描き、詩を綴っている方の作品だ。

なお原典は、今年の夏にサンマーク出版から出された、
はい、わかりました。』に拠っている。


神様からのメッセージ

それでも生きるんじゃ
それだから生きるんじゃ
何だ偉そうに
「格好悪い。ああ人生はおしまいだ」
なんて、一人前の口を叩くな
あのな、お前が手を切って
悲劇の主人公みたいな顔して
ベッドで、うなっていた時なー
家族みんな、誰も一言も
声が出なかったんだぞ
ご飯な、食卓に並べるのは並べるけど、
箸をつける者はだぁれもいなかったんだぞ
これまで一度も、神様に手なんか
合わせたことがない三人の子どもらナ
毎晩、じいさんと一緒に、正座して
神棚に手を合わせたんだぞ
バカが
そんな気持ちも分からんと
「なんも生きる夢がのうなった」
「他の人がバカにする」
そんなこと言うとるんだったら
早よ、死ね
こちらがおことわりじゃ
お前のそんな顔見とうもナイワイ
どっか行って、メソメソと
遺書でも書いて、早よ、死ね
なー体が欠けたんじゃ
それでも生きるんじゃ
それだから生きるんじゃ
考えてみい、お前の両親いくつと思う
腰曲がって、少々ボケて、もう年なんじゃ
一度くらい、こやつが、私の子どもで良かった
「ハイハイ、これは私達の自慢作です」って
人前でいばらしてやらんかい
もう時間がなかぞ
両手を切って、手は宝物だった
持っているうちに、気づけば良かった
それに気づかんと、おしいことをした
それが分かったんだったら
腰の曲がった、親の後ろ姿よー見てみい
親孝行せにゃーと、お前が本気で思ったら
それは、両手を切ったお陰じゃないか……
今度の事故はな
あの老いた二人には、こたえとるわい
親父な、無口な親父な
七キロもやせたんだぞ
「ありがとう」の一言も言うてみい
涙流して喜ぶぞ、それが出来て
初めて人ってもんだ
子供達に、お前これまで何してやった
作りっぱなし、自分の気持ちでドナリッパナシ
思うようにならんと
子育てに失敗した、子育てに失敗した
あたり前じゃ
お前は、子育ての前に
自分づくりに失敗しているじゃなかか
あの三人は、いじらしいじゃないか
病室に入って来る時ニコニコしとったろが
お前は「子達は俺の痛みも分かっとらん」
と俺にグチ、こぼしとった
本当はな、病室の前で、涙を拭いて
「お父さんの前では楽しか話ばっかりするとよ」と、
確認して三人で頭でうなずき合ってから
ドアを開けたんだぞ 学校へ行ってなー
「俺のお父さんは手を切ってもすごいんだぞ。
何でも出来て、人前だって平気なんだぞ」
仲間に自慢しているっていうぞ
その姿思ってみい
先に逝った手が泣いて喜ぶぞ
しゃんとせにゃ
よし、俺が見届けてやろう
お前が死ぬ時な
「よーやった。お父さんすばらしかった。お父さんの子どもで良かった」
子どもが一人でも口走ったら俺の負けじゃ
分かったか
どうせまた、言い訳ばかりしてブツブツ言うんだろうが
かかってこんかい!
歯をくいしばって、度胸を決めて
ぶっつかってこんかい
死んだつもりでやらんかい
もう一遍言うぞ
大切な人の喜ぶことをするのが人生ぞ
大切な人の喜ぶことをするのが人生ぞ

時間がなかぞ………………
時間がなかぞ………………


この詩を読んでどう思うかは、人それぞれだろう。
また、どんなときに、この詩を読むかによっても、感じるところは違うはずだ。

僕がこの詩に出合ったときは、たまたま、この詩を「受け入れる」準備があった。

普段だったら「神様からのメッセージ」なんて詩、死んでも読まないと思うのだけど、
そのときの僕は、ただ素直に文章を追いかけた。


そのとき、僕の心をつかまえたのは、次の言葉だ。


それでも生きるんじゃ
それだから生きるんじゃ



生きていれば、辛いことがある。悲しいこともある。
憤ることがあれば、ままならないこともある。

自分が歩むその先に、光を見たいのに、闇ばかりで何も見えないときがある。


それでも、僕は生きている。

自分の今の境遇・立場を恨むこともあるけれど、
「死ぬか生きるか」と訊かれたら、やっぱり、僕は生きていたい。


生きている限り、小さくても喜びはある。幸せもある。
辛いことと悲しいことの隙間に、つかの間でも楽しい一時がある。

どれも、生きているから感じられる。
死んだら、(多分)何もない。


うまくいかないことだらけの日々の中で、たまにうまくいくときがあって、
たまにだからかもしれないけれど、それがとても嬉しくて。

そういう時間を少しずつでも増やしていけたら、
人生ってやつも、捨てたもんじゃないと思えるかもしれない。


そのためには、生きるしかない。
生きて生きて、ちょっとでも光があるだろう方向に進むしかない。

この先には光がないと断言して、絶望して、立ち止まるより、
無鉄砲でも、もう少し先に進みたい。


誰の人生にも、いつかは、等しく闇だけの世界が来る。

それでも生きる、それだから生きる。


残り時間がどれだけあるか知らないけれど、
どうせ一度の人生ならば、僕は行けるとこまで行こう。
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by aru-henshusha | 2007-11-12 04:19 | 不定期なヒトリゴト。