ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

『最後の授業』を読んで思い出した、僕の父の「最後の授業」。

*この記事には、書籍『最後の授業』の内容に深く関係した記述が含まれます。同書をまだ読んでいない方は、その点、ご注意ください。

あなたはなぜ、編集者になったのですか?

ときどき、初対面の人から、こういう質問を受けることがある。

この質問に正確に答えるのは難しい。

なぜなら、それは一言で片付けられるほど簡単な話ではなく、自分でも数え切れないほどの理由や偶然が重なった結果だから。


けれど、そう質問した人は、たいてい単純な答を期待しているものだ。

だから、僕はこう答える。

僕の親父も、昔、編集者だったんです


僕の父親は、たしかに編集者だった。

だった、と書いた理由は二つあって、一つは彼がとっくに編集者を辞めているから。
もう一つは、彼がとっくに、この世を去ってしまったから。


ここにも何度か書いているけれど、僕が物心つかないうちに、父と母は別れた。
僕は母に引き取られ、初めて父に再会したのは、小学校高学年のときだったと思う。

彼が「編集者」という仕事をしていたことは、すでに母から聞いていた。
(実際には、当時すでに父は体を壊していて、職を辞していたと思うが)

けれど、それがどういう仕事なのか、僕にはほとんど見当がつかなかった。


「編集者」という仕事の一端を垣間見たのは、僕が高校生のときだ。

僕は当時、何の因果か、父方の祖母が主宰する同人誌に、ときおり駄文を寄せていた。

ある日、その原稿に父が赤字を入れたものが、返信されてきた。
僕のつまらない誤字脱字や、助詞の誤用を、父は赤ペンで丁寧に直してきた。


これが「校正」っていうやつか。

僕はそのとき、編集者の仕事を何となく理解した気になった。
同時に、父との間に、少しだけ「つながり」ができたことが、正直、嬉しかった。


c0016141_2423517.jpgこんな話を今になって書いたのは、『最後の授業』という本を最近読んで、そのことを思い出したからだ。

ガンで余命半年と宣告されたランディ・パウシュ教授が、カーネギーメロン大学の講堂で行なった「最後の授業」をまとめた本書は、同時に「父から子へのメッセージ」でもある。

『子供のころからの夢を本当に実現するために』という授業のテーマは、彼が三人の子供たちに残した、最後の贈り物だ。
彼が消えても、この授業の記録は、本や動画として永遠に残る。

皮肉ではなく、その機会が生前の彼に訪れたことは、喜ぶべきことかもしれない。
人によっては、子供たちに何を残すかじっくり考える前に、この世を去らなければいけない場合もあるのだから。


思えば、父の赤字も、僕にとっては一種の「最後の授業」であった。

その後(いや、その前も)、彼から何かを教わった覚えがない。
父がその生涯で僕に教えてくれたことは、赤字の入れ方だけである。

僕にとって、父は(たとえそのとき、もう本を作れない体になっていても)、一編集者として死んだ。

そして、あの原稿だけが残った。


今も、原稿やゲラに赤字を入れていると、ときおり父のことを考える。

色々あって、本当に色々あって、僕は彼と同じ仕事を選んだ。

彼はどんな気持ちで、普段、赤字を入れていたのだろう。
どんな気持ちで、僕の原稿に赤字を入れたのだろう。

答を知る術はもはやないけれど、僕は父と同じ仕事について、少しだけ、彼の気持ちがわかった気がする。

それだけで、僕はこの仕事を選んでよかったと思っている。


最後に、先日、以下の記事を通じて、ランディ・パウシュ教授の訃報を知った。

【訃報】ランディ・パウシュ教授、永眠。享年47歳

一読者として、そして若くして父を失った者として、心から彼のご冥福を祈る。

なお、本書についての、「より感想らしい感想」が知りたい方は、これらの記事を参照してほしい。
小飼氏がいうように、動画から見るほうがおすすめである。

「最初の講義」 - 書評 - 最後の授業【感動!】「最後の授業」ランディ・パウシュ【全米が泣いた!】最後の授業 ぼくの命があるうちに 動画編
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by aru-henshusha | 2008-07-30 02:52 | 本・出版