ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

カテゴリ:不定期なヒトリゴト。( 69 )

あなたは、部下を「自分色」に染めたいと思っていませんか?

あなたは、論理的な説明より、権力的な命令を好んでいませんか?

あなたは、派手なパフォーマンスをすることだけが、仕事だと思っていませんか?


あなたには、部下の気持ちを、推し量る余裕がありますか?

あなたには、窮地に陥った部下を、身を挺して助ける勇気がありますか?

あなたには、部下のことを、ほんとうに大切に思う気持ちがありますか?


最後に、

あなたは、「編集」という仕事を、心の底から好きだと思っていますか?


あなたはきっと、すべての質問に、笑って「はい」と答えるでしょう。

あなたが、著者の前でそうするように。
あるいは、あなたが、あなたの上司にそうするように。

でも、僕は知っています。
その薄っぺらい笑いが、ただの条件反射の産物でしかないことを。

一度でいいから、あなたにこれらの質問をしてみたい。

あなたはきっと、よく笑うことでしょう。

何一つ、おかしいことなどないのに。
何一つ、笑って済ませるべきことなどないのに。

あなたの醜い笑いが人を遠ざけることを、あなたはいまだ知りません。

そのことを心の底で哂っている自分と、心の底から笑い切れない自分がいます。
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by aru-henshusha | 2006-01-06 21:54 | 不定期なヒトリゴト。
さきほど、ある著者と新宿で飲んでいた。
仕事の打合せも兼ねた飲み会だ。

じつは、その著者と会うのは1年ぶりだった。
少し前に企画はいただいていたのだけど、お互い異様に忙しくて、会うのが年末にずれこんだ。

かつて担当編集者だった僕が言うのもなんだけど、1年前の彼は、とても頼りない人だった。
執筆以外の仕事に忙殺されて、会えばつねにあせってて、原稿のできもよくないし、なんでこの人の担当になっちゃったんだろうと、貧乏くじを引いた気がした。

だけど、1年ぶりに会った彼は見違えた。

話す内容は格段に進歩していて、心にもいくぶん余裕がある。
失礼だけど、「この1年で何かあったんですか?」と聞いてしまったぐらいだ。

いろいろ話をするうちに、「彼を変えたもの」がなんとなく見えてきた。

端的に言えば、それは「」である。
多くの人との出会い(その数じつに数千人!)が、彼を一まわりも二まわりも大きくしたとわかった。

具体例をあげる気はないけれど、彼は多くの人との出会いで、いろんなことを学んでいる。
また、そこで学んだことを、違う人に教えることで、自分の中に「定着」させてもいる。

大げさを承知で言えば、数千人の知恵と経験が彼の中に刻み込まれたのが、この1年間なのだろう。

僕は彼の成長を見て、とても嬉しかった。
年上の著者に向かって言うべきことじゃないけれど、まるで、自分の息子の成長を見るかのように嬉しかった。
(独身の僕が言うのもまた変だけど)

そして、何より思ったのが、「1年あれば、人は変われるんだなぁ」ということ。

変わるといっても、「プチ変身」ではなくて「大変身」だ。
生まれ変わったかのように、彼は変わった。

そんな彼を見ていると、僕も少し熱くなった。
この1年で大して成長できなかった僕だけど、頑張ればもっと変われるんじゃないかと思った。

来年のことを言うと鬼が笑うらしいけれど、笑いたければ笑えばいい。

僕は来年、もっと変わりたいと思う。

1年あれば、人は変われる。
そう思って1年を過したら、人生って、ちょっとは楽しくなるんじゃない?
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by aru-henshusha | 2005-12-23 00:12 | 不定期なヒトリゴト。
世の中に、愛する人を憎むほど辛いことはありません。
なぜなら、愛する人を憎みだすと、その憎悪はとどまるところを知らないから。

自分の愛情が、ある日どこかで捻じ曲がって、憎悪の感情として自身の胸につきささる。
愛していれば愛しているほど、その量に比例して、憎しみも大きくなる。

まるで、全力で壁をなぐって、自分の拳を傷つけるかのよう。
こちらの思いが大きいほど、受ける傷も深く、治癒しがたい。

同じようなことが、仕事にも言えると思います。
自分の好きな仕事、愛する仕事を憎まなければならなくなったとき、憎悪の炎はどこまでも燃え、わが身を焦がします。

僕は、「編集」という仕事を愛しています。
年々その思いは強くなり、仕事にかける情熱と時間は増える一方です。

だけど、最近、その「愛情」は「愛憎」に変わっている気がします。
編集という仕事を愛すると同時に、それを憎んでいる僕がいます。

愛する人にも嫌な面があるように、愛する仕事にも嫌なところがたくさんあります。
この世に「完璧」なものはまずないですから、それは受け入れなければならないものなのでしょう。

けれど、近ごろの僕は、編集という仕事の嫌な面を見すぎたのかもしれません。
いや、より正確に言うならば、「編集」という仕事を通して垣間見える、「著者」の醜い一面に耐えられなくなったのかもしれない。

世の中に汚い人、醜い人はたくさんいます。傲慢な人、意地汚い人もくさるほどいる。

かくいう僕だって、清廉潔白とは程遠い人間です。
人にどうこう言えた義理ではないのはわかっています。

しかしながら、著者にだけは、できればきれいでいてほしい。
いや、いくら汚れていようとも、その原稿だけは「光」を放っていてほしい。

先生、僕はあなたが嫌いです。

あなたの、できるだけ手を抜いて銭を稼ごうという考え方が嫌いです。

文章を書くことを「非効率」扱いし、口述筆記しかやらない仕事のやり方が嫌いです。

そのくせ、あいだに入るライターを大事にしないで、下僕のように扱うあなたが嫌いです。

本のテーマについてはろくに語れないのに、印税の話になると滑らかになる、あなたの弁舌が嫌いです。

そして何より、本というもの、出版というものをまったく愛していないあなたが大嫌いです。

編集という仕事を続ける限り、これからもずっと、こういう思いをし続けるんでしょうか。
それを我慢し、許し、いつかは慣れていくのが、愛なんでしょうか。

愛する仕事を憎まなければいけないのは辛いです。
その辛さは日々大きくなって、僕を苛み続けています。
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by aru-henshusha | 2005-12-22 01:12 | 不定期なヒトリゴト。
最近、公私ともに、自分の人を見る目のなさを痛感する出来事があった。
詳細は省くけど、「う~ん、そういう人だったのか」という、やり切れぬ思いをいまだ感じている。

昔の僕なら、きっと相手に対する怒りを、ここにぶちまけていただろう。
「そんな人だと思わなかった」とか「あのときは調子のいいことを言っていたのに」と、やり場のない怒りを叩きつけるように記したはずである。

でも、いまの僕には、そういう気は毛頭ない。
なぜなら、すべては人を見る目がない僕のせいだから。

自分の期待通りにふるまわない人に対し、「信じられないやつだ」とか「騙された」と言うのは簡単だ。

だけど、それは一時的なガス抜き以上の意味をもちやしない。
すべてを相手のせいにしてしまえば、そこで思考は停止し、近い将来、また同じようなめに遭うだろう。

信じられないようなやつを信じた自分も悪いし、騙しそうなやつに、まんまと騙された自分にも責任はある。
もしも僕に「人を見る目」があったのなら、それらは未然に防げた出来事なのかもしれない。

問題の原因を外部に求めるのはたやすいが、今回のケースはそれでは何も解決しない。
内部の原因を洗い出し、それを解消することが、改善へのただ一つの道である。

人を見る目というのは一朝一夕で育めるものではなかろうが、少なくとも、自分に見る目がないという自覚はもてる。
それを肝に銘じて、これからは人を見ていこう。

それにしても、人を見る目がないというのは、編集者にとって致命的な欠点だ。
そのことに、じつは一番傷ついていたりする。
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by aru-henshusha | 2005-12-19 00:53 | 不定期なヒトリゴト。
出版業界には、やたら多作な著者が存在する。
誰がそうだとは言わないが、ここ一年の著作の量を調べると、「え、こんなに書いてるの?」という著者が何人もいる。

多くの場合、彼らの書く本の中身は薄っぺらい。
毎回毎回、どこかで見聞きしたような話ばかりが書いてある。
(ひどい場合、自分の著作の焼き直しにすぎないこともある)

でも、それは仕方がないことだ。

年に数十冊も書けば、似たテーマの本を複数書くこともあるだろう。
キャリアが長ければ長いほど、過去の著作とのカブリが避けられなくもなる。

とはいえ、そんな著者たちを、僕はいままで軽蔑してた。
同じネタを使いまわして印税稼ぎやがって、太い野郎だと思ってた。

だけど、それははたして、著者だけの責任だろうか?
その著者が、自ら望んで、そういう仕事のスタイルに落ち着いたのだろうか?

それは決して、著者だけのせいではないと、僕は思う。

結論から言えば、僕ら編集者も「共犯」なのだ。
(むろん、すべての編集者がそうだとは言わない)

僕は先ごろ、ある多作な著者が、ここ一年に出した本の売り上げを調べてみた。

驚いたことに、その著者の本の多くが初版部数をさばけていない。
平たく言えば「売れない」のである。

なのに、その著者を頼る編集者は少なくない。
毎回毎回、似たようなテーマ・流行のテーマを持ち寄っては、安直な本を作っている。

「売れない」とわかっていながら、なんでその著者を頼るのだろう。

それはただの、(出版)点数稼ぎか?
それとも、「便利な著者」を利用して、自分の労力をセーブしてるのか?
あるいは、名の知れた著者の本を手がけたという自己満足か?

どんな理由でその著者に仕事が回るのか、僕は知らない。
しかし、残念ながら、その著者の筆力を頼ったものではないことは、僕にも想像がつく。

そんな編集者が積もり積もって、著者を「殺す」。
「殺す」というのが言いすぎならば、著者の「緩慢な自殺」を幇助している。

毎回毎回、目新しさのまったくない企画を持ち込まれ、本の中身は縮小再生産になり、昔からのファンはどんどん離れ、往時の勢いを失っていく著者。

そんな企画にのっかる著者も悪いのだろう。
けれど、薄汚い笑顔とともに、そんな企画を持ち込む編集者にだって、責任がないとは言わせない。

それがたとえ出版業界の構造的な問題だとしても、罪の意識は感じるべきである。

著者に「マンネリという毒薬」を盛り続ける僕らは、まったき咎人だ。
その自覚がない編集者を、僕は心底軽蔑する。
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by aru-henshusha | 2005-12-15 22:41 | 不定期なヒトリゴト。
最近、会った人の名刺が、どんどんたまっていく。
連日、忘年会やらパーティがあるこの時期は、なおさらだ。

僕はたまった名刺を、折を見て3種類に分類する。

・仕事に関係のありそうな名刺(著者候補、PR媒体関係者などさらに細分化する)
・プライベートに関係のありそうな名刺
・どちらにも関係なさそうな名刺

の3種だ。

自分にとって「不必要」な名刺は、輪ゴムで無造作に束ねておく。
さすがに捨てはしないけど、特別な事情がない限り、見返すこともない。

名刺は折を見て分類すると書いたけど、本当は、出会ったときに分類自体は完成している。
名刺をもらう。社名を見る。仕事の内容を聞く。相手の話の中身を吟味する。

「それでは、何かありましたら」と言った時点で、自分の頭の中の3つの箱に、相手の名刺を分類し終わっている。

いや、「分類」なんてもんじゃない。それは、ただの「値踏み」である。

この一年で、数百枚の名刺を交換したと思う。
同時に僕は、数百人を「選別」してきた。

それが僕の仕事である。
人を選び、原稿やら何やらを頼み、それをまとめて本にするのが、僕の仕事である。

だけど、自分に人を「選ぶ」ことができるのかと言われたら、無言でうつむくしかない。
お前なんかに値踏みされたくないよという声が、名刺の束から聞こえてくる。

僕が人を選ぶように、僕も人から選ばれる。
名刺を交換するたびに、相手を値踏みし、相手から値踏みをされ返す。

僕は、そんなことがやりたくて、編集者になったんだっけ?

その答えも考え付かぬうちに仕事に追われ、隙を見ては、人の集まる場所へ出かけていく。

いまの僕には、何かをじっくり考える暇がない。
いまの僕には、自分が嫌な人間になるのを止める術がない。
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by aru-henshusha | 2005-12-15 01:04 | 不定期なヒトリゴト。
少し前に、ドキっとする題名の本を見つけた。

その名も、『その夢はいつやるんですか?

他社の本をほめるのはしゃくだけど、素直にいいタイトルだと思った。

僕にも、人並みに夢はある。

いや、本当は他人とくらべたことがないから、それが人並みかわからないけど、大きなものから小さなものまで夢はある。

だけど、その夢をいつ叶えるのか、いままでどれだけ真剣に考えてきただろう。

「何かになりたい」「何かを手に入れたい」「何かを生み出したい」……
それらの夢にはとくに「期限」があるわけでもなく、いまだフワフワしたままである。

もちろん、夢というからには、「いつか」叶えばいいのかもしれない。

でも、その「いつか」は、いったいいつになるのだろう。
その「いつか」を迎えるために、僕は何をしているのだろう。

それらの問いの答えは、漠然として要領を得ない。

「いつか、いつか」と言っているうちに、時はどんどん過ぎていく。
今日も「いつか」、5年後も「いつか」、10年後も「いつか」では、笑うに笑えぬ笑い話だ。

だから、最近、夢に「期限」をもうけようと思っている。
べつに、ワタミの人みたいにガッチガチにやる気はないけれど、おおまかな期限だけはきるつもりだ。

社会人になって経験も浅いし、まだまだ若いと思ってきたけれど、僕はいつのまにか親父の人生の半分以上を生きてしまった。

残されている時間は、きっと、思ったよりも多くない。

人生の締め切りに間に合うように、やれるだけのことはしないとね。

追記:この本、あの人が作ってたんだ。意外。
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by aru-henshusha | 2005-12-14 00:07 | 不定期なヒトリゴト。
小学生のとき、作文の授業で、「感じたままに書きなさい」と言われた覚えがある。

ふ~ん、感じたままに書けばいいんなら、簡単じゃん。

当時の僕は、そんなふうに思って、スラスラと原稿用紙の升目を埋めていた。

だけど、いま思えば、「感じたままに書く」って、すごい難しいことじゃなかろうか。

僕は、特別な事情がない限り、毎日毎日このブログを書いている。
内容は気になる記事のクリップが主だけど、ときにはこの「ヒトリゴト」のように、自分の胸のうちを吐露するような文章も書く。

けれど、それらすべてを、「感じたままに書けた」とは思ってはいない。

たとえば、僕が、誰かのことを嫌いになったと書いたとする。

なるほど、「嫌いになった」ということ自体は嘘ではないだろう。
でも、それと同時に、「嫌いになれない」という感情も、僕の中にはあるかもしれない。

他の人のことは知らないけれど、僕の頭の中はぐちゃぐちゃだ。
いつもいろんな思いが渦巻いていて、その一つを取り出したところで、それを「真実」と言ってよいのかわからない。

書けば書くほど、嘘が混じり、書けば書くほど、真実から遠ざかる。
この拙い文章は、僕の思いをボタボタもらしながら、一応のゴールに向かっていく。

文章にはきっと、「混沌」を整理する作用があるのだろう。
書くことで自分の心を「因数分解」して、いちばん大きな値を記録する。

けれど、それがすべてじゃない。
それだけが、僕の本心では決してない。

君に伝えるための文章なのに、伝えきれないことがたくさんあって、そんな文章しか書けない僕は、ほんとに情けないやつだと思う。

だけど、だからこそ、今度会って、いつもの店でメシでも食いながら話をしよう。

しゃべってるあいだも、僕の思いはボロボロこぼれて、それを「素直じゃないな~」と思って見ている君がいて。

なんだかいろいろあったけど、僕らはけっきょく、また振り出しに戻ったみたい。
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by aru-henshusha | 2005-12-08 21:59 | 不定期なヒトリゴト。
最初は、君の荷物を持ってあげたかった。
君の背負っている荷を、少しでも軽くしてあげたかった。

僕はべつに力持ちなわけじゃない。
でも、君の荷物を持つぐらいの余裕はあるはずだと思っていた。

だけど、それは僕の勘違いだったみたい。

君の荷物を持った僕は、足取りがどんどんふらついて、いつのまにか君に寄りかかっていた。
僕の甘えは年を追うごとに重くなって、君の肩にくいこんでいく。

お互い、すでにいろいろな荷物を背負っていて、その上寄りかかられたんじゃ、たまったもんじゃないよね。

僕の重みが、君の歩みを止めている。

2人が目指した頂上は、まだまだずっと先にある。
一緒にてっぺんに行きたいと思ってたけど、それはもう無理なのかもしれない。

出会ったころは、お互い、まだまだ身軽だったと思うんだ。
けれど、いつの間にか荷物は増え、これからも新しい荷物を抱えていくんだろう。

僕は、君の重荷だね。だから、もう捨ててくれてかまわない。

もともとは、1人で登ってきた道なんだ。
1人に戻るのは、造作もない。

もっともっと、どんどん先を行ってくれ。
険しい道なら、誰かの肩を借りてもいい。

僕はのんびり、歩いてくから。
自分の背負ってる荷物の重みを、一歩一歩かみしめながら。

遠くに見える君の背を、せめてもの道標として。

私事:明日朝から取材なので、もう寝ます。コメントのレス、しばしお待ちを。
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by aru-henshusha | 2005-12-08 01:43 | 不定期なヒトリゴト。
受けるよりも与えるほうが幸いである

うんと昔、どこかの偉い人が、そんなことを言ったそうです。

でも、僕は、その人の言うことが本当かどうかはよくわかりません。

僕は、あなたに与えることが幸せです。
あなたから、与えられることも幸せです。

僕にとっては、その二つとも、とても大事な幸せです。

それにしても、「与える」ということは、なかなか難しいものですね。

人は、ろくに自分が持っていないものを、他人に与えることはできません。
人に与えるためには、何かを作ったり、増やしたり、よそから持ってきたりする必要があります。

僕はあなたが欲しいというものを、できるかぎり与えたいと思っています。
もの」といっても、物品にかぎらず、ときに精神的なものであったり、あるいは時間であったり。

だけど、それらのものを、僕が常に持ち合わせているとはかぎりません。
たまたま切らしている場合もあれば、他人や自分のために使わなければいけない場合もある。

自分のためなら我慢することもできますが、他人のためならそういうわけにもいきません。
ときには、あなたに順番待ちをさせなければいけないこともありえます。

僕はこれまで、自分はできるだけ「後回し」にしてきたつもりです。

そのことで、自分が後々困ったこともあったけれど、それは仕方がありません。
優先順位をつけたのは、ほかならぬ僕ですから。

けれど、あなたは僕が「後回し」になっているのを、ご存じなかったのかもしれない。
あなたは、ときにお礼を言って、ときに当然という顔で、僕からものを受け取りました。

年を重ねるにつれ、あなたに与えられるものは、だんだん減ってきています。

あなたに与える前に、それを先に与えなければいけない人が他にいる。
あなたに与える前に、いいかげん自分が受け取らなければいけないものがある。

そのことを、あなたはわかってくれなかった。
いままでと同じように、求めて求めて、埒が明かぬと無理やり奪おうとする。

あなたに奪われることは、僕にとっても本望です。
でも、どうせなら、すべて奪ってほしかった。

あなたに対して、憎しみとも悲しみとも諦めともつかぬ思いを作り出す、この心を奪ってほしかった。
逃げ道を求めて拙い文章を書き付ける、この手を奪ってほしかった。

永遠に思考を停止したまま、あなたのために与え続けるのなら、そのほうが幸いだったのかもしれない。

あなたに奪われなかったものが、僕の胸をしめつけて、悲しいほどに正気にさせます。
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by aru-henshusha | 2005-11-27 00:45 | 不定期なヒトリゴト。