ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

カテゴリ:商品・企業・仕事( 282 )

以前、「合コン」のセッティングも、立派に商売になるらしい。という記事を書いたのですが、もっとすごいサービスが登場したもよう。

[合コン「席決め」]奈良の学生ベンチャーがシステム開発(livedoor ニュース)
合コンの参加者のなるべく多くが、不公平なくそれぞれの好みの異性の近くに座れるように席を決める計算システム「ザ・セキガエ」を、奈良先端科学技術大学院大学(奈良県生駒市)の学生ベンチャー企業「ホープフル・モンスター」が開発した。既にお見合いパーティーで活用され、カップルも誕生。男女の赤い糸を結ぶ手助けをするシステムとして評判を呼びそうだ。
(中略)
仕組みは(1)参加者に番号を割り振る(2)参加者が近くに座りたいと思った相手の番号を第1~3希望まで選び、自分の携帯電話のメールで「ザ・セキガエ」に送信(3)全員の希望に最も近い席順をサーバーが数学の「組み合わせ」を応用した情報処理学を使い計算(4)数秒後に携帯メールに座席表を返信する。

男女5人ずつが横一列に向かい合って座る場合、約100万通りの席順があるが、98%以上の確率で第1~3希望の異性が自分の正面に座る席順をはじき出せる。男女15人ずつまでならこの確率を維持できるという。好みが1人に集中するような場合は、希望に添えないこともある。
すごいサービスだと思うのですが、この「席決め」の時点で、かなり明暗が分かれてしまう気もするのですが……

ちなみに、このシステムを作った会社はこちら。

ホープフル・モンスター株式会社
これまで最適化技術が適用されてこなかった人と人の間の「出会い」における諸問題の解決
を目指す会社だそうです。

僕自身、出会いの最適化はまったくなされてませんねぇ……
[PR]
by aru-henshusha | 2008-10-16 21:53 | 商品・企業・仕事
c0016141_0284895.jpg最近、また高橋がなりにハマっている。

以前から好きな人物の一人ではあったのだけれど(このブログも愛読してた)、先日ふとしたキッカケで彼の著書を手に取り、その仕事哲学にふれている。

経歴を見ればわかるように、決してエリート街道を歩んできた人物ではないからこそ、その言葉の普遍性は高い。

というわけで、少し古い本からの引用になるけれど、気になった言葉を紹介する。

上司は理不尽にならないといけないんです。そうすると部下たちは、“結果”を出さなければならないということを体で知って、「プロ」に育っていけるからです。何につけ理由をちゃんと聞いてあげると、部下はどんどん甘えるようになる。これを僕は「弱者の連鎖反応」と呼んでいます。かといって、理不尽なだけではダメで、嫌われながらも慕われる上司にならなくてはいけない。「このオヤジ、理不尽だけど、才能が圧倒的に違うわ」と。(『がなり説法』75ページ)
「理不尽な上司」には、理屈は通じない。
僕もそういう人の下にいたことがあるからわかるけど、こちらにどんなに理があろうと、企画や提案に容赦なく「NO」を突き付けてくる。

そういう経験から学んだのは、「とにかく実績を作って、こいつを黙らせるしかない」という<仕事上の腕力>を手に入れる必要性だった。
その結果、僕はたぶん、やさしい上司の下にいる数倍のスピードで成長できたと思う。

物わかりはいいけど力(才能も権力も)がない上司と、理不尽だけど力がある上司の二人がいるとしたら、若ければ若いほど、後者の下についたほうがいい。

もっとも、部下が上司を選べる機会はまずないから、理不尽な上司の下についたとき、このことを思い出せればいいだろう。
[PR]
by aru-henshusha | 2008-09-08 01:07 | 商品・企業・仕事
めちゃめちゃ久しぶりの更新は、梅雨のシーズンに向けた傘の話題から。

台風でも大丈夫な傘 オランダから初上陸(FujiSankei Business i.)
風車の国オランダから「時速100キロメートルの風に耐えられる」という傘が日本に初上陸した。広げたときに前後が非対称なデザインは空気力学に基づいた設計で、強風でも裏返らない。国内販売はマークスインターナショナル(東京都江戸川区)が取り扱う。
c0016141_1572441.jpgこの傘、ご覧のように、とにかくユニークな形をしております。

そして、この形ゆえに傘の裏返りを防いでくれるのだとか。

その詳しいメカニズムについては、下記を参照してください。

SENZ Umbrellas(センズ アンブレラ)
流線型の形状は風の抵抗を受けにくくし、風見鶏のように風に対して正面を向こうとします。風の向きに傘の頭が向くという優れもので傘自体が風の中でベストなポジションを保ってくれます。また、前からの強風をうまく後ろに逃がすので、傘の裏返りが抑えられます。
ちなみに、僕はビニ傘愛用派なのですが、風の強い日は高い確率で「おちょこ」にしてしまいます。
嵐の中、著者にできあがった本をもってく途中、傘が壊れ、ズブ濡れで本を守ったのはいい思い出です……
(実際は、かなり泣きが入りましたが)
[PR]
by aru-henshusha | 2008-05-30 02:06 | 商品・企業・仕事
最近よく読んでいるDABOのブログから。HIP HOPに興味がない人にもオススメです。

ハスラー論その二。(DABO Official BLOG『PAPER MOON MAN』)
ヒップホップとは、ドアを開けて外に出ていくことだ」と昔誰かが言った。ジャングルブラザースだったかな...俺はなんかこの言葉が好きなんだ。今いるどこかから次のどこかへ。確かに俺は無一文から商業アーティストへ、そして会社を興したりといろんな経験をさせてもらった。だから俺は音楽活動を通して自分をどん底から救い出したこの文化自体に恩返しがしたいのだ。つまりこの国のこの街のヒップホップを育てていくことこそが俺が勝手に自身に命じた使命であり、それに伴う諸々が俺にとってのハスリングってわけだ...仕事と言い換えてもいい。アーティストを含めた業界全体を活性化させたい。つっても厳しい道のりだぜ。商売ってなシャレじゃねーよ、だって世の中は結果だからな。俺にもっともっと売れてくださいよ~なんていう読者がいる。つーかねー、ホントそーだよ!悔しいけどそれは俺もマジでそー思う!もっといい曲作ってちゃんと売れてみせっから待っててくれ!ハスラーって言うぐれーだしもっとバンバン売れてねーとねー。精進 !
*ハスラー=ストリートで金を稼ぐ人(もっといい訳あるかも)
この記事の、「ドアを開けて外に出ていく」っていう言葉が、何だか心に引っかかったんですよね。

今いる部屋から、環境から、世界から、まだ見たことのないところへ一歩を踏み出す。
リンク先では、その代名詞がヒップホップになっているけど、同じことはきっと他の仕事や趣味(あるいは恋愛なんか)にも言えるんじゃないかと。


少なくとも僕にとって、本を作ることは「ドアを開けて外に出ていく」ことの繰り返しです。

外に出て行くのは快適な経験ばかりじゃなくて、たまに見たくもない世界に足を踏み入れることもあるけれど、それもまたビジネスということで。


僕がもし本を作ることを仕事に選ばなかったら、僕は長い間「ドアの内側」にいた気がします。
外側の世界とはできるだけ接点を持たずに、閉じた世界の中で、自分をできるだけ変えずに生きていたんじゃないかなと。

本を作るたびに、色々な世界を知り、色々な価値観の人と交わり、ときには自分を壊していく。
僕が昔いた部屋のドアは、いまではだいぶ遠くに見えます。
[PR]
by aru-henshusha | 2008-04-22 00:15 | 商品・企業・仕事
ひそかに読んでいる、日経BP社の割と偉い人(なんですよね?関係者のみなさん)の日記から。

他者評価はいつも自己評価の3割引き 他(日経ビジネスAssocie Online)
僕は常々思っているのだが、仕事の成果への他者の評価は、自己評価のおよそ3割引きだと考えていいのではないだろうか。これはビジネス誌の編集記者としての20数年の経験と、作家としての数年の経験を踏まえての実感である。
 3割というギャップの理由は、自己愛だと思う。人は自分の顔を他者が見るよりも2、3割グッドルッキングに感じているそうである(ホントらしいですよ)。仕事も思い入れがあるほど自己が投影されるので、客観視するのが難しくなっていく。結果、自己愛がうぬぼれ鏡の役割を果たし、成果がより大きく見えてしまうのではないか。
僕はけっこう「自己採点」が厳しいほうの人間ですが、それでも、まわりからの評価より高い点をつけていることがままあります。
そして、そういうときは「他人からの評価」のほうが正しいはずなんですよね。

そもそも、評価は他人が決めるもの、というべきかもしれません。

自分がどんなに「100点」の仕事をしたと言い張っても、まわりから見て「70点」の仕事に過ぎないのであれば、それはやはり「70点」に過ぎないはず。

常にこういう考え方をしているとシンドイ部分もありますが、自分に甘く点をつけ過ぎていると自覚したときには、「3割引の法則」を思い出すといいのかも。
[PR]
by aru-henshusha | 2008-03-17 00:56 | 商品・企業・仕事
また仕事関連のお話ですが、今度は僕らの加藤鷹さんに登場していただくので、仕事嫌いのに人もぜひ読んでほしいです。

「この仕事が好きなんだ」は、その仕事をやった後に言う言葉(新刊JP)
今の人たちは「自分が望んでいる環境でしか良い仕事ができない」と言いますが、それは大きな間違いです。自分がどこに放り込まれたかということより、放り込まれた場所にどういう人間がいるかということを知ることで、自然にいやすい環境を作ることが出来ます。
思うんですが、「望んでいる環境」なんて永久にたどり着かないのではないでしょうか。実際入ってみないと分かりませんし、「好きな仕事」だと思っていても実際やってみないと分かりませんよね。それは、始める前に言う言葉ではなくて、経験した後に言う言葉です。始める前に、「望んでいた環境」やら「好きな仕事」なんて本当に分かるはずはないと思います。
だから、とにかく働くこと。それが大事なことなんだと思います。そこからいろんなことを学習していけば良いんです。
これは、本当に同感です。

僕も出版社(というか出版業界)に入る前には、業界本を読んだり、人に話を聞いたりして、勝手に「編集とは?」「出版とは?」なんてイメージを膨らませていました。

でも、当たり前ですけど、「入る前にわかること・想像できること」より「入ってみないとわからないこと」のほうが圧倒的に多いんですよね。

人によっては、実際に体験することで、好きな仕事が嫌いな仕事になったり、またその逆もあったりします。

僕自身は、「好きになれそうな仕事」が「好きな仕事」になったくちですが、それでも「好きな仕事の嫌いな部分」も少なくないですし、いずれにせよ、まず体験すべしといったところでしょうか。
[PR]
by aru-henshusha | 2008-03-10 14:07 | 商品・企業・仕事
森さんの意見には反論したくなることも多いのですが、この話には同感です。

【HR】 ファンクラブになる(MORI LOG ACADEMY)
出版社の最大の弱点は、本が嫌いな人間が内部にいないことだ、と以前に書いた。これは、出版社に限ったことではない。おもちゃの業界もそうだし、映画やアニメの業界もそうだと思う。TVだって、大学だって、ほぼ同じだ。第一世代は、いろいろな人間がいたはずなのに、その組織が安定期に入ると、その仕事に憧れた人間しか入れないようになる。自分の好きな仕事をしたいと考えるのが自然だし、また就職の面接でも、どれだけその仕事がやりたいのかを問う。だから、当然仲間が集まる。
 これはつまり「ファンクラブ」みたいなものだと考えて良い。出版業界は、出版ファンクラブの会員が牛耳っているし、TV業界は、TVファンクラブの会員が企画運営しているのだ。
 さらに、ユーザの声を聞くといいながら、積極的に反応するような関心のある人の意見だけを集める傾向にある。そういうファン予備軍に応える方向へ進むから、どんどん「好きな人たちが好きなもの」ばかりになっていく。「好きさ」では洗練されるが、嫌いな人間に見向きもされないため、シェアは広がらない。
 そして、ときどき僕みたいな異端児が飛び込んできて、「何なんだ、この集団は?」と気づくわけである。
リンク先では「業界」についての話が主だと思いますが、僕は「会社」レベルでも同じことが言えると思います。


たとえばA社という会社が、自社の社風やら商品が好きな人・合う人だけを採用し続けたとします。
その会社は、いわば「A社ファンクラブ」となって、結束は強くなるし、「A社らしい商品」がどんどんリリースされることでしょう。

それで、うまくいく間はいいのです。
「A社の中にいる人」だけでなく、「A社の外にいる人(=ユーザー)」も、「A社らしい商品」に価値を見出しているうちは。

けれど、ユーザーは、いつまでもA社の「ファン」とは限りません。
ライバル会社のB社に心を奪われることもあるし、新興のC社の商品に乗り換えることだってある。

そのとき、「A社ファンクラブ」の面々が、ずっと「A社ラブ」の姿勢を変えないとしたら……
(実際には、「ファンクラブ」である限り、変わる可能性はほとんどないのですが)


僕は、そういうときこそ「異端児」が必要なのだと思います。

「中にいる人」とは違う価値観を持ち、「ファンクラブ」に変化をもたらす人がいなければ、その会社はどんどん先細りしてしまう。
そのためには、会社の外部から、違う価値観をもつ人間を中に入れたり、交流させたりするべきでしょう。

といっても、すべてを「異端児」の言うとおりにする必要はありません。
A社の商品から、「A社らしさ」がまったく失われるとしたら、その会社が存在する意味はなくなります。

「らしさ」を残しつつも変化していく、そのキッカケになるのが異端児という存在なのだと思います。
[PR]
by aru-henshusha | 2008-03-10 13:37 | 商品・企業・仕事
浅田次郎 ロングインタビュー 誰もが誇れる何かを持つ愚民思想からの劇的転換(R25.jp)
*引用部は2/3ページ
25歳の人に言っておきたいのはね、 “とにかくひとつのことをずっとやれ”ということ。人生はそれに尽きる。
(中略)
オジサンのような歳になるとわかるんだけど、どんなに才能のある人間でも、ひとつのことをやってきた人間には敵わない。多芸多才だと思っている者ほど、目移りがしていろんなことをやりたがる。でも、それがものになった試しはないんだよ。才能って不思議なものでね、ひとつのことをできるヤツは、実はいくつものことができるように作られてるの。たとえば運動神経はそうだね。野球部でエースで4番の人間は、サッカーやっても体操やってもうまいでしょ。勉強もそう。ミュージシャンで芝居ができるやつもそう。“俺は音楽も演技もできる”とか思うわけです。ところが“俺には芝居しかない”と思って愚直に進んできたヤツには、最終的には間違いなく敵わない。才能の有無の問題じゃないよ
この考え方には、正直、異論もあると思います(マルチに活躍している人はいっぱいいるぞ、とか)。
でも、僕みたいな不器用な人間には、励みになる言葉なんですよね。

もちろん、一つのことをやり続けるのも大変なことですし、それもまた「才能」の一種なのかもしれませんが……
[PR]
by aru-henshusha | 2007-11-20 01:12 | 商品・企業・仕事
正直かなり眠いので、理路整然かつ長々とは書けそうにないのだけど、最近読んだ本で印象に残った言葉について少しふれておきたい。
私が将棋というひとつのことを続けることができたのは、何よりも将棋が好きだったという理由が大きい。「一番好きなことは仕事にしてはいけない」という見方もある。だが、私は思う。二番目に好きなことでは、トップにはなれない。ほかのどんなことよりもそれが好きでなけなれば、なにがなんでも「いちばん」になろうとは思えないだろうし、そのための創意工夫もなおざりになる。(谷川浩司『構想力』173ページ)
僕は谷川氏と違って業界のトップを狙えるような人間ではまずないだろうけど、それでも「一番好きなこと」を仕事にしたい。
いや、「一番好きなこと」でなければ続かない、と言ったほうが正しいか。


ビジネス書の編集者をしていると、自分とは異なる業界・職種の世界を垣間見ることがある。

IT、飲食、小売、住宅、PR会社、スポーツビジネス、講師業、士業、エトセトラ……
どんな仕事も、それぞれ、大変そうである。


もちろん、編集という仕事だって大変には違いない。
自分が好きな本にまつわる仕事だからこそ、理想と現実の板ばさみで悩むこともある。

けれど、好きだからこそ、僕はそういった辛さも我慢できる。
また本が作れるのなら、多少の苦労は仕方がないと思うことができる。

他の仕事でも同じ我慢ができるかと聞かれたら、少なくとも僕はできない。
好きでもない女を命がけで守れないように、好きでなもい仕事に、僕は自分をかけることができない。


これはあくまで僕の考え方だから、他の人の仕事観をとやかく言う気はない。
好きなことは趣味のままでという人、そもそも仕事に好き嫌いを持ち込まない人、色々いればいいと思う。


ただ、僕は僕で、編集という仕事とプライベートの切れ目もハッキリしない職についている今、もしもこの仕事が好きでなかったらと思うと、ゾッとすることがある。

好きだから頑張れる、好きだから続けてる。


小学生みたいに単純だけど、そのシンプルな愛情こそが、僕の編集者人生を支えてきたのだと、つくづく思う。
[PR]
by aru-henshusha | 2007-11-02 03:41 | 商品・企業・仕事
時間がない。自分の時間がない。

ブログの更新具合を見ていただいてもわかると思うけれど、
いまの僕には、自分のために自由に使える時間がほとんどない。

こういう状態がつづくのは肉体的にも辛いのだけれど、
何より、精神衛生上よくない。

自分には、もっとやるべきことがあるのではないか、
という気持ちがわくと同時に、そんなことすら考えているのが時間の無駄、
と目の前のなんやかんやを片付けている自分がいる。

思考停止。忙しいとは、まさに心を亡くすことなのだなぁと、へんに納得がいく。

そんなときに、この言葉に出会った。ガツンとやられた。
長いけれど引用する。
「必ずこうしなければいけない!」というルールではありませんが、もしあなたが、いいコピーを書きたい、すばらしいアイデアをつくりたいと心の底から思っているのなら、ひとつだけお願いしたいことがあります。
明日から、あなたの毎日の生活のなかで、「なんかいいよね」という言葉を禁句にしてほしいのです。
あなたは、いい映画を見てドキドキしたり、いい音楽を聴いてホロッとしたり、いい小説を読んでジーンとしたりしたときに、しばしばこういう言葉を発してはいないでしょうか。
「なんかいいよね」「なんかステキだよね」「なんかカッコいいよね」と。
明日から、それをきっぱりとやめにしてほしいのです。そして、かわりにこう考えてみてください。
「なぜいいのか。これこれこうだからじゃないか」「なぜカッコいいのか。こういう工夫をしたからじゃないのか」と。
こういう思考を働かすことができなければ、あなたはけっして「モノのつくり手」になることはできません。
(『広告コピーってこう書くんだ!読本』16ページ
忙しい忙しいと言いながらも、この数週間、本を読み、映画を見、展覧会にも足を延ばした。
自分にとって、最低限の「心の栄養」だけは切らさずにいたつもりだ。

けれど、僕はどんなに面白い本に出合い、すばらしい絵画を前にしても、
「なんかいいよね」ぐらいの感想で済ませてきた気がする。

その作品がなぜいいのかを掘り下げることはせず、ただ「いいもの」と触れ合った、
その事実だけで満足してしまっていたように思う。


もちろん、出合うもの、出合うもののよさ(あるいは悪さ)に対して、
「なぜ?」を発し続けるのは大変なことだろう。

「なんかいいよね」の一言で済ませられたら、これほど楽なことはない。

でも、何でもかんでも「なんかいいよね」としか言えない人間には、
「作り手の方程式」はわからない。


自分がモノを作るとき、偶然「なんかいい」状態を再現できたとしても、
そんな奇跡は何度も続かない。すなわち、プロの作り手になるのは難しい。

だから、「なんかいいよね」を禁止せよと、この本は言っているのだろう。


このブログを書くとき、僕はできるだけ手間をかけないようにしている。

ブログは僕の仕事ではないし、大事な趣味の一つではあるけれど、
なるべく時間をかけたくない(いや、かけられない)のが本音である。

それでも、ときおり、どうしても手間隙かけて伝えたいことが出てくる。
「なんかいい」とか「なんかやだ」で済ませられない思いがある。

ひときわ忙しいときの僕は、そういう思いを、我ながら鬱陶しくも感じるのだけど、
これからは少し心を入れ替えたい。


この本は「なんかいい」から、紹介しているのではない。

忙しさにかまけて、作り手としての大事な思いを忘れかけていた僕に渇を入れてくれた、
「とてもいい」本だから、誰に頼まれたわけでもなく、紹介している。

いま作り手である人にとっても、これから作り手を目指す人にとっても、
きっと必要な本である。


こんなふうに、「なぜいいか」を考える時間を、少しずつでいいから確保していきたい。
[PR]
by aru-henshusha | 2007-10-09 01:33 | 商品・企業・仕事