ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

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ご覧の通り、当ブログの総訪問者が200万人を突破いたしました。
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100万人を突破したのが今年2月ですから、一年たたずに新たな節目を迎えるとは思いませんでした (やはり、Yahoo! JAPANトピックスに記事がリンクされたのがでかかったです)

つきましては、以前から告知していたように、オフ会を行なう予定です。
実は日程を以下の2案考えていまして、現在決めかねています。

・12月22日(土)
・ 1月12日(土)


12月は忘年会・クリスマス等で忙しい人が多いでしょうから、本来、候補に入れてなかったのですが、どうやら1月中のほうが自分の仕事がバタバタしそうなので、上記の2案にしぼりました。

お手数ですが、オフ会に参加したいという方、現時点で興味があるという方は上記2案の中で、どちらか選んでコメントを残していただけませんでしょうか?
その結果を参考にして、後日正式日程を決定いたします。

*なお、前回のオフ会に参加された方、ある編集者とすでに「リアル面識」がある方は、今回の参加者から外す予定です(変更の可能性ありますが)
*ここにコメントを残すことがオフ会への参加表明ではありません。後日メールフォームから出欠をとりますのでお間違えなく


コメントは12月1日(土)まで募集いたします。
いつもながら日程、一方的に決めていて申し訳ありません。
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by aru-henshusha | 2007-11-29 16:46 | 特別企画
すでに見出しで結論を言っちゃいましたが……

【書店員のオススメ】『ビジネスマンのための「発見力」養成講座』小宮一慶著(MSN産経ニュース)
■大阪・大垣書店高槻店 伊藤義浩

非常に優れた本の条件は、(1)予備知識なく読むことができる(2)最後までストレスなく読むことができる(3)見識が身につく-だと私は考えています。その3つの条件をすべて満たしているのがこの本です。
上の3条件は、たとえば「優れたビジネス書」の条件としては申し分ないものだと思うんです。
実際、僕自身、似たような基準を念頭において本を作っています。


でも、上の条件を満たさなくても「優れた本」はたくさんあると思うんですよ。

たとえば、僕は仕事関係の本に触れすぎたときは、その反動で「どうしようもなくバカな本」を読みたくなります。

ゲッツ板谷の本なんて最適で、難しいことは何も考えず(当然「見識が身につく」なんてこともなく)馬鹿笑いして読んで、それで十分満足なんです。
その意味で、『板谷バカ三代』は、僕には「優れた本」の一冊には違いありません。


これは時と場合の問題ですが、当然ジャンルによっても「優れた本」の条件は異なるでしょうし、そもそも人の数だけ、彼・彼女にとっての「優れた本」の定義があることでしょう。

普段は便宜的に(なるべく不特定多数から支持されるような)「優れた本」の条件を掲げて本作りをしていますが、人の数だけ「優れた本」の条件が存在することは、心にとめておきたいと思っています。
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by aru-henshusha | 2007-11-26 00:48 | 本・出版
現役編集者としては、リンク先で紹介されているノウハウに賛同できない部分もあるのですが……。ただし、引用した部分はまったく同感です。

【出版戦略】「こんな企画ならあなたも本が出せる」吉木稔朗(マインドマップ的読書感想文)
●企画書を書いたら突撃する

⇒企画書を1枚書いて、これで企画が通ると思ったら大間違い

1社に断られたら、なぜいけないのか、どこがまずいのかを担当編集者にもよく聞いて、書き直して別の会社に持っていく

⇒本を出すとき、一番大切なことは、このあきらめないことといってよいぐらい
僕たち編集者が「持ち込み原稿(企画)」を断るには、一作一作それなりの理由があります。

企画テーマ自体に問題がある、テーマはいいが目次に魅力がない、著者の経歴とテーマがマッチしていない、自社のラインナップを考えると今すぐにこのテーマでは出せない……

それらの理由を明確に言うかどうかは、多分、編集者のタイプによって違うでしょう。
僕は「ここがダメだからダメ」とハッキリ言うほうですが、人によっては「いやぁ、うちでは難しいですねぇ」の一言で済ませているかもしれません。

ただ、たとえ、そういうタイプの人間が対応したとしても、「なぜダメなのか?」を聞けば、何かしらの答えが返ってくるでしょう。

そこを補強して(理由によっては一から直さなければいけませんが)、また違った出版社に持ち込めばいいのです。


ちなみに、なぜ同じところに持ち込んではいけないのか?

一つは、編集者も人間ですから、モノになるかどうかわからない企画にいつまでも付き合ってくれる人が少ないということ。

そして、いくつかの出版社に持ち込んで、違う視点のダメ出しを受けたり、複数の編集者の目に触れたほうが、企画が通りやすいということが挙げられるでしょう。


むろん、自分はどうしてもこのテーマをこういう構成でしか書きたくないんだ、という人は同じ企画を通るまで持ち込めばいいと思います

ただ、餅は餅屋という言葉もありますしねぇ。
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by aru-henshusha | 2007-11-26 00:22 | 本・出版
ファッション(特に最近の)にはあまり詳しくない僕でさえ、このランキングは「微妙」だなぁと思ってしまったのですが……

20代男性が身につけていると、おしゃれだと思うブランドランキング(goo ランキング)
1 ポール・スミス
2 クロムハーツ
3 ビームス
4 ユナイテッドアローズ
5 タケオキクチ
6 SHIPS
7 バーバリー ブラックレーベル
8 リーバイス
9 NIKE
10 ポロ ラルフローレン
*以下30位まで

上記のブランド(ショップ)の多くは都心のデパートに入っていますから、(これらのブランドがオシャレだとするのなら)20代男のオシャレってお手軽にできるもんなんだなぁと。

ただ、Elasticさんの、

20代男性のおしゃれブランドは?

でも指摘済みのように、ようは知名度先行のランキングといったほうが実態に近いんでしょうねぇ……
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by aru-henshusha | 2007-11-25 23:45 | ファッション・美容
勘違いといっても、「恋」にまつわる勘違いのお話です。

勘違いの恋って、あるよね?(L25.jp)
勘違いする方とさせる方、どっちが悪い? (単数回答)

・女性

する方  38.9%
させる方 61.1%

・男性
する方  49.5%
させる方 50.5%
ご覧のように、女性の回答では「勘違いさせる方」が悪い、というのが多いんですよね。
けれど、一般的にいって、女性のほうが男性を勘違いさせるケースのほうが多いような……(偏見?)

個人的には、「勘違いさせようとして、勘違いさせる人」はよくないと思いますが、「その気がなくて勘違いさせてしまう人」は仕方がないかなと。

まあ、太宰治の『お伽草紙』のなかで「惚れたが悪いか。」と言った狸の気持ちもわからなくもないですが……
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by aru-henshusha | 2007-11-25 23:28 | 恋愛・男女
浅田次郎 ロングインタビュー 誰もが誇れる何かを持つ愚民思想からの劇的転換(R25.jp)
*引用部は2/3ページ
25歳の人に言っておきたいのはね、 “とにかくひとつのことをずっとやれ”ということ。人生はそれに尽きる。
(中略)
オジサンのような歳になるとわかるんだけど、どんなに才能のある人間でも、ひとつのことをやってきた人間には敵わない。多芸多才だと思っている者ほど、目移りがしていろんなことをやりたがる。でも、それがものになった試しはないんだよ。才能って不思議なものでね、ひとつのことをできるヤツは、実はいくつものことができるように作られてるの。たとえば運動神経はそうだね。野球部でエースで4番の人間は、サッカーやっても体操やってもうまいでしょ。勉強もそう。ミュージシャンで芝居ができるやつもそう。“俺は音楽も演技もできる”とか思うわけです。ところが“俺には芝居しかない”と思って愚直に進んできたヤツには、最終的には間違いなく敵わない。才能の有無の問題じゃないよ
この考え方には、正直、異論もあると思います(マルチに活躍している人はいっぱいいるぞ、とか)。
でも、僕みたいな不器用な人間には、励みになる言葉なんですよね。

もちろん、一つのことをやり続けるのも大変なことですし、それもまた「才能」の一種なのかもしれませんが……
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by aru-henshusha | 2007-11-20 01:12 | 商品・企業・仕事
これはこれは、とっても耳が痛いお話。

『オリジナリティがない』は、バカな編集者の常套句(活字中毒R。)
バカな編集者が連発するセリフに、

「オリジナリティがない」
「キャラが立っていない」

 というのがあります。

 このセリフが意味するところは、ひとつ。

その編集者は、オリジナリティがない、と感じた作品を批評するだけの脳みそを持っていない
 ということです。

 料理評論家はまずい料理を食べたときに「まずい」とは言いませんよね。どこがどう悪いのかきちんと指摘するはずです。
 小説も同じこと。
 オリジナリティがない、などと言うことは誰にでもできる批評です。キャラが立ってない、もしかり。
 幼稚園の感想文じゃねえんだ!って感じですね。
 ましてや編集者という職業は、小説を批評するだけでなく、その小説の良いところと悪いところがわかった上で、面白い作品になるよう、作家を導くのが仕事の一つでもあります。

 この2つのセリフを連発する編集者は、「あなたの作品をきちんとした売れる方向に導く力」はありません。訓練されたプロとは到底言いがたい。
「オリジナリティがない」「キャラが立ってない」
と連発する編集者とはおつきあいしないことをお勧めします。
ここでいう編集者はどうやら文芸の編集者のようですが、ビジネス書や漫画の編集者にも同じことがいえる(ケースもある)でしょう。

僕自身、著者の原稿やら企画書やらを見て、「オリジナリティがない(あるいは、尖りがない、ウリがない)」という感想を抱くことがあります。
けれど、それをそのまま伝えるだけでは、著者も困ると思うんですよね。

「自分の作品・プランがありきたりだということはわかった、じゃあ、どうすればいい?」

という疑問に対して、明確な答えとは言いませんが、そのヒントをある程度示せないと、たいていの場合、仕事が暗礁に乗り上げてしまうはず。

口で言うほど簡単ではありませんが、「なぜダメなのか、どうすればよくなるのか」を考える癖をつけるのが、いまさらながら編集の仕事の第一歩なのだと思います。
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by aru-henshusha | 2007-11-20 01:01 | 本・出版
TVの「リンカーン」を見ていない人には、まったく意味不明なネタでしょうが……
*参考:Nerimotherfucker

D.O ブラウン管に露出し今や時の人になったD.Oに話を聞きに行こう
(THE SOURCE JAPAN ONLINE)
The Source: 「メーン」と「ディスる」がいわば決め言葉的に使われてひとつひとつがオチみたいになってましたけど、あの2つは、やっぱりこっち発信だったんですか?
D.O: もちろん。「何かないですか?」的なヴァイブスがTBS側からずっと出てて、みんなと話してるうちに「ディスる」が絶対ヤバいっすよってなって。オレの中ではそんなの面白いかな? と思ってたからオレがいきなり(撮影中に)「メーン」って言ってみたんすね。そしたら、撮影のスタッフが全員「メーン」に殺されて(笑)。
このインタビューで気になったのは、太字にはしませんでしたが、『「何かないですか?」的なヴァイブスがTBS側からずっと出てて』という件。
TVの世界というのは、やらせではないにしろ、やっぱり「面白い絵」を期待しているものなんでしょうね。

なお、こういう(音楽とは別の)目立ち方について、当然批判も出ているようですが、ご本人はこう言っています。
D.O: 音楽じゃない部分が先走ってるのはわかってるけど、それもあらかじめ作ってたオレの地図の通り道。今はそういう時代だと思うし、「面白かったね」って言ってもらうことはすげぇ嬉しい。でもネット見ると「D.OはHip-Hopを捨てた」とか書いてあるんすよね。ギャグだなと思って。そういう人たちもこれが確立したときには絶対に手のひら返すと思った。世界的に見たらラッパーが業界の最前線にいるのは当たり前なんですよ。映画とか出たりするのも普通だし。
さて、来年以降もTVで「メーン」が聞けるでしょうか?
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by aru-henshusha | 2007-11-20 00:41 | 名言・言葉
社員として誇りを感じられない業種は?(Business Media 誠)
社員であることに誇りを感じているか?――この質問に「あてはまる」と「ややあてはまる」を合わせた回答が最も多かった業種は、「団体・連合会・官公庁」(31.5%)であることが、ネットマイルの調査で分かった。次いで「食品・飲食系」(25.3%)、「電気・電子・機械系」(25.2%)という結果となった。一方、「あまりあてはまらない」と「全くあてはまらない」の回答が多かったのは、「マスコミ・広告・出版・印刷系」(63.7%)が最も多く、「運輸・鉄道、配送・物流」(43.6%)、「IT・通信・情報系」(42.2%)と続いた。
この調査、対象人数も少ないし、そもそも「マスコミ・広告・出版・印刷系」というくくりが大雑把すぎるので、どれだけ実態をとらえているかは怪しいところだ。

ただし、自分自身がかつて所属していた会社のことを考えると、「誇り」がもてないと答えた人の気持ちも、少しわかるような気がする。


たいていの仕事はそうだと思うけど、会社に入る前と入った後では「ギャップ」がある。
マスコミというカテゴリーに入る会社は、とりわけ、そのギャップが大きいのではないか?


これが新聞・雑誌記者だとまた違うだろうけど、書籍の編集者である自分が経験した例を一つだけ挙げると、本作りに関するギャップがある。

僕は新卒で、ある編集プロダクション(出版社の下請け的なもの)に入るまで、単純に、本というものは、いい原稿を元に時間をかけて作るものだというイメージがあった。

むろん、そういうやり方で、いわゆる良書をつくる会社もあるけれど、そういう会社ばかりではないし、そういう本作りを求められる「ジャンル」ばかりでもない。


僕が当時、よく担当していた「雑学」というジャンルは、(一部の例外をのぞき)今思えば非常に荒っぽい作り方をしていたと思う。

ライターさんが他の本や雑誌からひっぱってきたネタを寄せ集め、大急ぎで原稿を書き(トリビアの部分は生かし、その前後をリライトする)、編集者はスピード勝負でまとめあげる。

できた本は、当然ながら「どこかで聞いたような話」が多く、競合他社と似たような本ばかりができ、書店には長く置かれずに消えていく。

あのころ作った本を、僕は家族や友達に、自信を持ってすすめられなかった。
その会社の一員であることに誇りがあるかと訊かれたら、やはり「ノー」と言っただろう。


そういう会社・自分が嫌で、僕はビジネス書の版元に移った。
もっとも、ビジネス書にはビジネス書の「ギャップ」があって、それに悩むことは今でもある。

ただ、昔と違うのは、そんな中でも、工夫や努力しだいで、少しは「誇らしい仕事」ができるようになったように思う。


組織にいる以上、わりと好き勝手言っている僕だって、いろんな縛りの影響を受ける。

けれど、その縛りの中で最大限の成果を出したり、縛りを少しずつでも広げたり、縛りのゆるいところを見つけたりして、ちょっとずつギャップを埋めていける可能性はある。


今の会社の一員であることに、誇りをもっているとは言わない。
でも、自分しだいで、「誇りがもてる仕事」をするぐらいの自由はまだ残っている。
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by aru-henshusha | 2007-11-13 02:31 | マスコミ全般
c0016141_4145714.jpg唐突だけど、これから、一編の詩を紹介したい。

とても長くて、正直、引用の限界を超えているとは思うのだけど、
関係者の方は目をつぶっていただけるとありがたい。

紹介するのは、大野勝彦さんという、事故で両手を切断したものの、
いまは二本の義手で絵を描き、詩を綴っている方の作品だ。

なお原典は、今年の夏にサンマーク出版から出された、
はい、わかりました。』に拠っている。


神様からのメッセージ

それでも生きるんじゃ
それだから生きるんじゃ
何だ偉そうに
「格好悪い。ああ人生はおしまいだ」
なんて、一人前の口を叩くな
あのな、お前が手を切って
悲劇の主人公みたいな顔して
ベッドで、うなっていた時なー
家族みんな、誰も一言も
声が出なかったんだぞ
ご飯な、食卓に並べるのは並べるけど、
箸をつける者はだぁれもいなかったんだぞ
これまで一度も、神様に手なんか
合わせたことがない三人の子どもらナ
毎晩、じいさんと一緒に、正座して
神棚に手を合わせたんだぞ
バカが
そんな気持ちも分からんと
「なんも生きる夢がのうなった」
「他の人がバカにする」
そんなこと言うとるんだったら
早よ、死ね
こちらがおことわりじゃ
お前のそんな顔見とうもナイワイ
どっか行って、メソメソと
遺書でも書いて、早よ、死ね
なー体が欠けたんじゃ
それでも生きるんじゃ
それだから生きるんじゃ
考えてみい、お前の両親いくつと思う
腰曲がって、少々ボケて、もう年なんじゃ
一度くらい、こやつが、私の子どもで良かった
「ハイハイ、これは私達の自慢作です」って
人前でいばらしてやらんかい
もう時間がなかぞ
両手を切って、手は宝物だった
持っているうちに、気づけば良かった
それに気づかんと、おしいことをした
それが分かったんだったら
腰の曲がった、親の後ろ姿よー見てみい
親孝行せにゃーと、お前が本気で思ったら
それは、両手を切ったお陰じゃないか……
今度の事故はな
あの老いた二人には、こたえとるわい
親父な、無口な親父な
七キロもやせたんだぞ
「ありがとう」の一言も言うてみい
涙流して喜ぶぞ、それが出来て
初めて人ってもんだ
子供達に、お前これまで何してやった
作りっぱなし、自分の気持ちでドナリッパナシ
思うようにならんと
子育てに失敗した、子育てに失敗した
あたり前じゃ
お前は、子育ての前に
自分づくりに失敗しているじゃなかか
あの三人は、いじらしいじゃないか
病室に入って来る時ニコニコしとったろが
お前は「子達は俺の痛みも分かっとらん」
と俺にグチ、こぼしとった
本当はな、病室の前で、涙を拭いて
「お父さんの前では楽しか話ばっかりするとよ」と、
確認して三人で頭でうなずき合ってから
ドアを開けたんだぞ 学校へ行ってなー
「俺のお父さんは手を切ってもすごいんだぞ。
何でも出来て、人前だって平気なんだぞ」
仲間に自慢しているっていうぞ
その姿思ってみい
先に逝った手が泣いて喜ぶぞ
しゃんとせにゃ
よし、俺が見届けてやろう
お前が死ぬ時な
「よーやった。お父さんすばらしかった。お父さんの子どもで良かった」
子どもが一人でも口走ったら俺の負けじゃ
分かったか
どうせまた、言い訳ばかりしてブツブツ言うんだろうが
かかってこんかい!
歯をくいしばって、度胸を決めて
ぶっつかってこんかい
死んだつもりでやらんかい
もう一遍言うぞ
大切な人の喜ぶことをするのが人生ぞ
大切な人の喜ぶことをするのが人生ぞ

時間がなかぞ………………
時間がなかぞ………………


この詩を読んでどう思うかは、人それぞれだろう。
また、どんなときに、この詩を読むかによっても、感じるところは違うはずだ。

僕がこの詩に出合ったときは、たまたま、この詩を「受け入れる」準備があった。

普段だったら「神様からのメッセージ」なんて詩、死んでも読まないと思うのだけど、
そのときの僕は、ただ素直に文章を追いかけた。


そのとき、僕の心をつかまえたのは、次の言葉だ。


それでも生きるんじゃ
それだから生きるんじゃ



生きていれば、辛いことがある。悲しいこともある。
憤ることがあれば、ままならないこともある。

自分が歩むその先に、光を見たいのに、闇ばかりで何も見えないときがある。


それでも、僕は生きている。

自分の今の境遇・立場を恨むこともあるけれど、
「死ぬか生きるか」と訊かれたら、やっぱり、僕は生きていたい。


生きている限り、小さくても喜びはある。幸せもある。
辛いことと悲しいことの隙間に、つかの間でも楽しい一時がある。

どれも、生きているから感じられる。
死んだら、(多分)何もない。


うまくいかないことだらけの日々の中で、たまにうまくいくときがあって、
たまにだからかもしれないけれど、それがとても嬉しくて。

そういう時間を少しずつでも増やしていけたら、
人生ってやつも、捨てたもんじゃないと思えるかもしれない。


そのためには、生きるしかない。
生きて生きて、ちょっとでも光があるだろう方向に進むしかない。

この先には光がないと断言して、絶望して、立ち止まるより、
無鉄砲でも、もう少し先に進みたい。


誰の人生にも、いつかは、等しく闇だけの世界が来る。

それでも生きる、それだから生きる。


残り時間がどれだけあるか知らないけれど、
どうせ一度の人生ならば、僕は行けるとこまで行こう。
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by aru-henshusha | 2007-11-12 04:19 | 不定期なヒトリゴト。