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ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

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c0016141_2235476.jpgこの本が出版社の方から献本されてきたとき、正直、「荷が重いな」と思った。

何せ、タイトルからして、

正義の正体

だもの。
普段、そういう小難しいことをほとんど考えない僕としては、全然的外れなことを書いて、馬鹿にされないか心配になった。
そして、その心配は、キーボードをたたいている今も変わらない。

でも、僕は書く。

外務省のラスプーチン」と「闇社会の守護神
――ともに、一見「正義」とは対極のところへ行ってしまった人たちが語る「正義の正体」を目の当たりにした今だからこそ、僕は僕なりに、力不足を承知の上で、「正義の正体」を追ってみたい。


本書の中盤(109ページ~)に、元検事の田中森一が、「自分の正義」を貫いた話が出てくる。

ある収賄事件で、不動産会社の社長を取り調べている最中、社長の妻が末期癌で危篤状態になった。
社長の弁護人から「一時間でも拘留を執行停止にして、最期を看取らせてやってほしい」という申請を受けた田中は、それを受け容れた。

しかし、彼の上司は、当初それを認めなかった。
「社会で働いていれば親の死に目に会えない、奥さんの死に目に会えないことなんていっぱいある。それでもみんな我慢して納得してマジメに生活しているんだ。嫁さんが病気だからといっていちいち執行停止なんかしていられるか」
この発言を受けて、田中はこう語っている。
上司の言うことが正義なのか。法律どおりやることが正義なのか。僕が一つだけ確信して言えるのは、当時も今もみんな法律というものに使われすぎてしまっているということ。雁字搦(がんじがら)めになっていると言ってもいい。検事は法の執行官なんだから、法律どおりにすべてのことを運べばたしかにそれで何の問題もないのかもしれない。しかし、それじゃ人としての血が少しも通わないし、誤解を恐れずに言うなら、面白みがないじゃない。うん、この言い方が一番しっくりくるな。僕は面白みがないと思うんだ。
けっきょく、社長の拘留は執行停止になり、4時間ばかりの奥さんの見舞いを終えた社長は、そのあと今まで否定していた贈賄について、すべて話したという。


田中の上司の考え方は、法の観点から見ても、検察庁という組織から見ても、一つの「正義」なのだろう。

じゃあ、田中がしたことは「不義」か? あるいは「悪」か?

くさい言い方になるけれど、僕は、田中のしたことは「人としての正義」だと思った。
それは、人間として血の通った、「もう一つの正義」ではないか?

「正義」とは、ときに、人の数だけ存在するものだと僕は思う。


もちろん、国家や組織の秩序を守るためには、そういくつも「正義」があっては困るだろう。
だから、法律や各種のルールで「正義」は規定されている。

だけど、それをガチガチに運用し続けると、どこかで「窮屈」になるときが来ると思う。
田中の言う「面白み」がない世界は、「正義」というものに縛られた窮屈な世界にならざるを得ないはずだ。


同時に、「一つの正義」が横行する世の中では、それ以外の価値観が徹底的に切り捨てられる危険性もある。

僕が敬愛する書き手、山本夏彦氏の本に、こんな言葉があったのを思い出す。
善良というものは、たまらぬものだ。危険なものだ。殺せといえば、殺すものだ。(『毒言毒語』134ページ)
この「善良」は、そのまま「正義」に置き換えることもできるのではないだろうか?

なぜなら、特定の「正義」の名の下に動いている組織・人間ほど、ときに恐ろしく暴力的になるものだから。

「正義」は、ときに、人の情や判断力を麻痺させる。
その意味で、僕は「正義」を、何よりも怖いと思うことがある。


長々書いてきたけれど、冒頭で述べた心配は、今だ解消されてはいない。

僕なりに考えた「正義の正体」は、しょせん、僕だけの正義をもとに作り上げた虚像かもしれないし、何より、自分の考えが正しいと言い切る気も毛頭ない。

きっと、僕には僕の、あなたにはあなたの、「正義の正体」があるのだろう。

ただし、その正体を知りたい方は、今すぐ本書を読んだほうがいいことだけは、疑いようがない。
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by aru-henshusha | 2008-03-31 02:31 | 本・出版
c0016141_23532612.jpg先日、中経出版さんから4冊献本いただいたと書きましたが、そこで紹介していなかった最後の一冊をご紹介。

一問一答3秒でわかるコンプライアンス
*アマゾンに書影ないけど、大丈夫ですか?→現在はバッチリですね

「コンプライアンス」はよく「法令遵守」と訳されていますが、企業が経営・活動を行う上で、法令や各種規則などのルール、さらには社会的規範などを守ること、を指します。

この本では、そのコンプライアンスをクイズ形式で学べるというわけです。


本の中には70問のクイズが収められていますが、僕が気になったのは以下の2問。

Q34 会社で個人のブログを更新した


→どうなる!?
A懲戒処分の可能性がある
B懲戒処分にならない


Q36 ブログに新製品の開発ウラ話をのせた


→どうなる!?
A懲戒処分の可能性あり
B懲戒処分の可能性なし


さて、これらの答えは、どちらも「A」。

詳しい解説は本文にあたってほしいいのですが、勤務中のブログ更新は「職務専念義務違反」「不正使用」などにひっかかるし、裏話として社外秘の情報について書いた場合は「守秘義務違反」にあたるのだとか……。

当ブログ、コンプライアンス的にちょっと問題ありそうですね……。
以後気をつけますので、なにとぞお目こぼしを。
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by aru-henshusha | 2008-03-31 00:11 | 本・出版
とくに深い意味はないのですが、結婚ネタを続けます。

日本の社長、一番多い名前は「田中稔」(Business Media 誠)
出世といえば「社長」をイメージするが、どういった名前が多いのだろうか? 企業の社長で最も多い名前は「博」、女性は「和子」であることが、東京商工リサーチの調べで分かった。
(中略)
同姓同名で最も多かったのは「田中稔」、2位は「鈴木茂」、3位は「田中博」。地域別で見ると、東日本は「鈴木」と「佐藤」が多く、西日本では「田中」と「山本」が目立った。
ってことは、高校・大学あたりで「田中稔」くんをつかまえておけば、将来、玉の輿に乗れるかもしれません。

ただ、仕事で中小企業の社長さんを見てると、けっこうカツカツだったりするんですがねぇ……。
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by aru-henshusha | 2008-03-30 23:44 | 恋愛・男女
僕は普段は顔文字を使わないのですが、このニュースに対してだけは、思いっきり使いましょう。
朗報、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!

美人はブサメンと結婚したほうが幸せになれる…米心理学研究チーム調査(痛いニュース(ノ∀`))
米国テネシー大学のジム・マクナルティ教授率いる心理学研究チームが82組の新婚カップルを対象として、ある調査を実施した。調査したのは、「夫婦それぞれの容姿」と「結婚生活の質」の2点である。
(中略)
その結果、妻が容姿に優れ、夫が容姿に劣っている場合に夫婦関係が最もうまく行っていることがわかった。逆に、夫が容姿に優れ、妻が容姿に劣っている場合は、夫が結婚生活に満足していない可能性が高いことも判明した。
(中略)
マクナルティ教授によれば、パートナーよりも容姿に劣る男性は、概してパートナーを支えようとする性向が強い。ところが、パートナーよりも容姿に優れている男性は、物心どちらについてもパートナーをあまりサポートしようとしない性向があるという。
というわけで、美人の皆さん、どうかブサイクに暖かいまなざしを……。

ただし、あくまで「人に優しいブサイク」が結婚相手にふさわしいのであって、顔も性格も悪いとダメってことですよね(当たり前か)。性格だけでも、男前にしなければ……。
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by aru-henshusha | 2008-03-30 23:35 | 恋愛・男女
先日、中経出版の方から一気に4冊本をお送りいただきましたが、「ネタ」にするのは1冊にしぼりましたので、他の本を先にご紹介。
(「ネタ」は土日にアップします。本がらみじゃないやつも土日にアップ、できるはず……)

c0016141_21484542.jpg1冊目は、『ぼく、オタリーマン。3』。

ダンカン。という個人サイトをやられているSEさんのコミックエッセイ。
タイトルどおり、「オタ」な「リーマン」の冴えない(失礼)日常が書かれており、クタクタになった帰りの通勤時間に読むと泣けます……。

ところで、中経出版さんはこのシリーズのヒットもあって、マンガを強化するみたいですね。
いつの間にか、メディアファクトリーみたいなサイトを作っていてビックリしました。

ネットで、本で、楽しくまんが。コミックゾーン


c0016141_2159154.jpg2冊目は、『あなたが変わる「話し上手」の法則』。

じつは、いただいた本の中で一番「使える」と思った本です。
(じゃあ、何でネタにしないんだという話ですが、使えるのとネタにしやすいかどうかはまた別なので……)

たとえば話し上手になるための「型」として紹介されている、

・PR法(ポイント・意見→理由の順で話す)
・PREP法(ポイント・意見→理由→具体例→ポイント・意見の順で話す)
・SDS法(全体→詳細→全体の順で話す)

を覚えるだけでも、だいぶ違うのではないかと。内容はかなり絞り込まれていますが、良書です。

c0016141_2295340.jpgさて、最後に紹介するのは、『御社のホームページがダメな理由』。

この本については、じつは某書評ブログが詳細に取り上げていたので、そちらを読んでいただいたほうがいいかと(楽してるわけじゃないですよ……)

【衝撃?】「御社のホームページがダメな理由」竹内謙礼(マインドマップ的読書感想文)

リンク先で書かれているように、うまくいかないネットビジネス&企業サイトの「ダメな理由」が書かれていて、なかなか面白いです。

ただ残念なのは、僕自身、じつは過去にネットビジネスの本を手がけて、類書を読み込んでいたこともあって、知っている内容も多かったんですよね。

しかも、同じ著者の他の本とかぶってる内容もままあり、そこはどうなのかなと……
(いかにも、同業者の視点ですが)

個人的には、本後半の成功事例がもっとあるほうが「使える」本になったと思います。
まあ、ここらへんは各編集者の本づくりのスタイルによって、考え方は違うでしょうが。

では、今日はここまで。明日or明後日には、本格的に更新できる、はず……
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by aru-henshusha | 2008-03-28 22:20 | 本・出版
先日、生まれて初めて、ケータイ小説を読んだ。
できることなら、この手の本とは一生無縁でいたかったが、知人を通じて発行元から献本されてしまった以上、しかたがない。

c0016141_2344885.jpgc0016141_23444431.jpg
俺はお前を一生愛す [上]俺はお前を一生愛す [下]

上下巻あわせて500ページ近くもあるこの本を、休みも使って読ませてもらった。


この本は、ケータイ小説としては、比較的「読める」ほうだとは思う。

意外と言っては失礼だが、文章には編集者や校閲者がしっかり手を入れた跡がうかがえる。
また、サクラとかアサガオとか名づけられた各章は、それぞれの「花言葉」と関連した内容になっており、コワザが効いた構成だ(ちなみに作者の名前も「花穂」という)。


けれど、それはあくまで「ケータイ小説として」の話である。

僕は数多く小説を読むほうではないけれど、それでも、これまでに読んできた小説と比べて、この作品は内容としても表現としてもあまりに幼い。

「ケータイ小説=すべての小説」といった一部の若い子にはこれでもいいのだろうけど、僕ぐらいの年齢(って、明かしていないか)になると、残念ながらかなり厳しい。

そこは献本者の方も、正直、送り先を考えたほうがいいと思う。


ただし、僕はこの本をまったく評価していないわけではない。
僕は、この本の「姿勢」には、ひそかに共感している。


僕は以前、人気ケータイ小説が今すぐ書けるようになる、7つの魔法のキーワード。という記事の中で、人気ケータイ小説に共通する、7つのキーワードを挙げた。

そのうちの6つ、すなわち「①売春②レイプ③妊娠④薬物⑤不治の病⑥自殺」は、あまりにも暗い要素である。

多くのケータイ小説は、これらが重なって織り成す暗闇に、最後、「⑦真実の愛」が一条の光となって差し込む、という構成をとっている。


しかし、この本『俺はお前を一生愛す』は、できるだけ上記の要素を排除しようとして書かれている。

実際には、レイプ未遂の描写やら薬物使用の描写は出てくるのだけど、それらはストーリーの展開上、必要最低限の記述がなされるだけで、これら「小道具」のためにストーリが存在するわけではない。
(注 そもそも、この作品がライブドアパブリッシング大型新人賞を受賞するにあたって、上記の要素を扱わないというのが選考基準だったらしい→参考:ケータイ小説出版までの作業

だから、この本の後味は、他のケータイ小説とは、かなり違うものになっていると思う。
それは、この作品の登場人物の多くが、本当は優しく、恋人や友達を大切にする人物として描かれていることにも関係があるはずだ。

この小説は、人や世の中の暗闇を描くことより、光と暖かさを描くことに、より力を入れている。
その「姿勢」を、僕は買う。


僕の、数少ない好きな小説家の一人、北村薫の作品にこんな言葉がある。
いいかい、君、好きになるなら、一流の人物を好きになりなさい。――それから、これは、いかにも爺さんらしい台詞かもしれんが、本当にいいものはね、やはり太陽の方を向いているんだと思うよ(『朝霧』40ページ)


このケータイ小説は、しっかりと太陽の方を向いている。

もちろん、太陽もあれば暗闇も月もあるのが僕らの生きている世界だけど、ケータイ小説という、ともすれば暗闇をクローズアップしすぎる表現ジャンルにおいて、この作品の「姿勢」は貴重である。

こんなことを書くのも、僕が年々「爺さん」に近づいている証拠だろうか。


*当ブログへの献本は、以下のルールに則っていただける限り、歓迎いたします。
当ブログへの「献本ルール」を、ここらでハッキリ決めようと思います。
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by aru-henshusha | 2008-03-23 23:55 | 本・出版
えー、見出しを見ただけでは何のことやらサッパリわからん、という方もいそうなので、ご説明を。

じつは、2年ほど前に、

最近の出版界で流行している7つのキーワードで、「最強のタイトル」をつくってみた。

という記事を書きまして、これが(一部業界人の方々に)わりとウケたんですね。

で、さきほど、アマゾンのランキングやら何やら見ているときに、この2年間で「出版界の流行のキーワード」もだいぶ変わったし、もう一回あの企画をやってみるかと思い立ったわけです。

というわけで、2年の沈黙を破り(大げさ)、久々に「最強のタイトル」を作ってみます。
*あくまでネタですからね

キーワード1:レバレッジ*別格
例:レバレッジ・リーディング
もともと金融用語だったこの言葉も、いまではすっかりビジネス書用語に。
<少ない労力で多くの成果を出す>程度の意味で、読書術・時間術から勉強法にいたるまで枕詞として使われています。
ちなみに、「レバレッジ」というキーワードの存在感があまりに強すぎるので、今回の企画ではあえてメインタイトルから外して、帯コピーに使ってます。

キーワード2:10倍
例:無理なく続けられる 年収10倍アップ勉強法
これは「レバレッジ」と割と関係あるかもしれません。最小の労力でどれぐらいの成果を出すのか、と考えたときに、「10倍」という数字が非常にわかりやすいアイコンになるということです。

キーワード3:××分(あるいは●秒)
例:「1日30分」を続けなさい!
「10倍」もそうなんですが、ビジネス書の世界では「数字」が入ったタイトルは割合うまくいくんですよ(読者に具体性をアピールできるので)。しかし、『「1秒!」で財務諸表を読む方法』って本を書店で見たときは、さすがに驚きましたが。

キーワード4:脳
例:脳が冴える15の習慣
キーワード5:勉強
例:できる人の勉強法
この2つはセットで考えたほうがいいでしょう。
脳を鍛える的なブームが勉強本ブームを生んだとも言えるし、もともと周期的にはやっていた勉強というテーマが、脳ブームの時期にうまくマッチして、それこそレバレッジがかかったとも言えます。
*この2つをあわせた『脳を活かす勉強法』なんて本もあります。バカ売れです。

キーワード6:引き寄せ
例:引き寄せの法則
すごい適当に言うと「スピリチュアル」の一言に尽きるんですかねぇ。この手の本が苦手なので、流行ってる割にはノーチェックでございます……。

キーワード7:品格
例:女性の品格
いまさらかよって感じですが、いまでも売れてるんですもの……(例にあげた本なんて300万部近いとか)。ちなみに「品格本を書いている著者に品格があるとは限らない」というのが定説じゃないかと。

キーワード番外:おひとりさま
おひとりさまの老後』しかないじゃねーかよ、と業界関係者からは突っ込まれそうですが、このタイトルに乗っかった類似本も出始めてますし、これから来るんじゃないかと。
*いや、正直に言えば、今回のオチに使おうかなと思って……


さて、これら7つのキーワードをあわせた「最強のタイトル」がこれ。

『1日1分! 脳の品格を10倍引き寄せる!
おひとりさま勉強法


しかも、豪華カバーイメージつきです(O'Reilly Maker)で作成。

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この企画、ぜひウチで出したいという方は、ある編集者までご一報を!(ウソです)
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by aru-henshusha | 2008-03-20 13:40 | 本・出版
最近、ある人に振られた。

こう書くと、いつもの冴えない(?)恋愛話を期待する人がいるかもしれないけど、そうではなくて。
僕が振られたのは、ある著者である。


このブログをよく読んでくれる人はご存知だと思うけど、僕の本業は「ビジネス書」の編集者だ。
ビジネスマン(&ウーマン)対象の本を作るのが仕事だから、折を見ては、コンサルタントやら企業の社長、各種士業の先生に本を書いてくれと頼みに行く。

けれど、僕が最近振られた著者は、そういった職業の人ではなく、まったく異分野の人である。
いままでビジネス書など書かなかった人なのだけど、彼の専門分野の話はビジネスにも生かせるところが多い、とふんで会いに行ったのだ。


彼が指定した喫茶店で、いくらかの世間話と専門分野の話を聞いた。
その話はめっぽう面白くて、またビジネス書としても全然いけそうで、僕は最後に、今日聞いたような話を、ぜひビジネス書として作らせてほしいと頭を下げた。

そして、あっさり振られたわけだ。


彼は言った。

「僕の専門分野の話を専門書として出すのなら、僕は喜んで受けます。
けれど、それをビジネスとか、自己啓発といった分野の本として出したいのなら、僕は断ります。
申し訳ないけれど、それは、僕がしたいことではない。他に適任の人がいるはずです」

僕はこの言葉を聞いて、編集者としては失格かもしれないけれど、素直に引き下がった。
残念だったけど、同時に、心からその言葉に納得してしまったから。


ここのところ、僕はよく、「したいこと」と「しないこと」を考える。
昔は「したいこと」だけ考えていたけど、歳をとったいま、むしろ「しないこと」についてよく考える。

人間、気がつくと、思った以上に、しなくてもいいことをやっている。
そのすべてが無駄だとは言わないけど、しなくてもいいことに時間を費やしすぎて、「したいこと」をやる時間がなくなっては本末転倒である。

だから僕は、何をしたいか以上に、何をしないかを考えるようになった。


僕が会いに行った彼も、「したいこと」と「しないこと」がハッキリ決まっていた。

したいことを悔いのないようにやり切るためには、しなくてもいいことは絶対しない。
その決意を僕は潔いと思ったし、「彼のしたいこと」をさえぎってまで「僕のしたいこと」を押し付けるのは、僕が「心からしたいこと」ではないと感じた。


本を作ることは叶わなかったけれど、一冊の本を一緒に作り上げる以上に、彼からは大事なことを学んだように思う。
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by aru-henshusha | 2008-03-17 02:14 | 不定期なヒトリゴト。
「昔は私も、”本を読む”ということを難しく考えていたことがあった」(活字中毒R。)
 昔は私も、”本を読む”ということを難しく考えていたことがあった。読書は立派なこと、偉いこと、勉強なんだと構えていたからいけなかった。
 今は私にとって、本を読むのは音楽を聴いたり映画を見たりするのと同じである。文学的価値があろうがなかろうが、そんなことはどうでもいいことなのだ。売れていようと売れていまいと、まわりのひとが皆つまらないと言っても、自分さえ面白ければそれでいい。自分さえ夢中になれればそれでいいと思っている。
 冊数だってそんなに重要なことじゃない。時々こんなに私は本を読んでいると自慢する人もいるけれど、冊数をのばすだけなら誰でもやろうと思えばできることだ。その中で何冊心に響く本があったか、一冊でも人生を変えるような本に出会ったのか、その方がよっぽど重要なことだと思う。
*『そして私は一人になった』(山本文緒著・角川文庫)より
この文章を読んで、昔、何も考えずに好きな本を読んでいたころのことを思い出しました。

いまの僕は、本作りの参考としての読書、売れている本の研究としての読書、といった「仕事としての読書」に時間を割くことが少なくありません。
また「当ブログへの献本」に目を通すのも、正直、「純粋な読書」とはいえないでしょう。


それらの読書をしているとき、僕はいつも、色々考えてしまいます。

この本にはこういう視点がないから、自分が立てる企画にはこんな項目を入れよう。
この本が受けている理由の一つに、こんなことがあるかもしれない。参考にしよう。
この本をネタにするとしたら、ここのページから引用するのがベストだな。

そうやって色々考えるのが無益なことだとは思いませんが、そういう読書だけが僕の読書生活のすべてだとしたら、それは、やっぱり苦痛です。


面白い本だから読む。何の役に立たなくても読む。

読書って、それでも「全然いい」ものだと思います。
僕にとっての読書は、きっとそこからスタートしたものだし。
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by aru-henshusha | 2008-03-17 01:25 | 本・出版
ひそかに読んでいる、日経BP社の割と偉い人(なんですよね?関係者のみなさん)の日記から。

他者評価はいつも自己評価の3割引き 他(日経ビジネスAssocie Online)
僕は常々思っているのだが、仕事の成果への他者の評価は、自己評価のおよそ3割引きだと考えていいのではないだろうか。これはビジネス誌の編集記者としての20数年の経験と、作家としての数年の経験を踏まえての実感である。
 3割というギャップの理由は、自己愛だと思う。人は自分の顔を他者が見るよりも2、3割グッドルッキングに感じているそうである(ホントらしいですよ)。仕事も思い入れがあるほど自己が投影されるので、客観視するのが難しくなっていく。結果、自己愛がうぬぼれ鏡の役割を果たし、成果がより大きく見えてしまうのではないか。
僕はけっこう「自己採点」が厳しいほうの人間ですが、それでも、まわりからの評価より高い点をつけていることがままあります。
そして、そういうときは「他人からの評価」のほうが正しいはずなんですよね。

そもそも、評価は他人が決めるもの、というべきかもしれません。

自分がどんなに「100点」の仕事をしたと言い張っても、まわりから見て「70点」の仕事に過ぎないのであれば、それはやはり「70点」に過ぎないはず。

常にこういう考え方をしているとシンドイ部分もありますが、自分に甘く点をつけ過ぎていると自覚したときには、「3割引の法則」を思い出すといいのかも。
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by aru-henshusha | 2008-03-17 00:56 | 商品・企業・仕事