ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

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c0016141_2155539.jpgお~、これでついにたまっていた献本の山から解放されそうです(他にいただいてた本、ないですよね?)

マジマネ5 部下の「やる気」を育てる!

は担当編集の方からいただきました。

著者のブログ、モチベーションは楽しさ創造からを愛読している身としては、うれしい一冊です。

さて、めずらしく本全体の感想を述べようと思ったのですが、これはこの本の出版元の社長、干場さんのお言葉を借りたほうが早いでしょう。

「特に目新しいことが書いてあるわけではありませんが、一応上司歴四半世紀のわたくしからみても、必要なことはみんな簡潔に押さえられている、一冊手元にあると重宝な一押し上司本です!」この記事より引用)

と、シリーズの性格もあるのでしょうが、予想以上にオーソドックスな一冊でした。


まあ、全体論はそれぐらいにして、個人的に目を引かれたのが、以下に紹介するフレームワーク(と流行り言葉を使ってみたけど、意味違うかも…)

●「やりたくない」が「やるぞ!」に変わる5ステップ

1 「やりたくない」「現状を変えたくない」
       ↓
2 「今のままではまずい」
       ↓
3 「変化するとこんないいことがある」
       ↓
4 「自分ならば変化できる」
       ↓
5 「よし、やるぞ!」


上司(リーダー)の役割の1つには、部下にこのステップを踏ませるためのサポートをすることがあるというわけです(その具体的な方法は本書の中に書かれています)


さて、いまだ部下がいない平社員の僕としては、今回、この5ステップを応用して、自分のやる気を引き出してみました。

題して、最近、更新がガタ落ちな当ブログを書くための、
「ブログ書きたくないぁ」が「書くぞ!」に変わる、魔法の5ステップ


●「ブログ書きたくないぁ」が「書くぞ!」に変わる、魔法の5ステップ

1 「やりたくない」「現状を変えたくない」
(忙しいんだよなぁ、明日朝までに原稿入れないとマズイんだよなぁ<実話です>
       ↓
2 「今のままではまずい」

(でも最近更新してないよなぁ、ネタも献本もたまる一方だしなぁ、アクセスも落ちてるしなぁ)
       ↓
3 「変化するとこんないいことがある」

(更新したらいろいろな人に読んでもらえてうれしいよなぁ、ネタも献本も紹介できるしなぁ)
       ↓
4 「自分ならば変化できる」

(書こうと思えばブログなんてすぐ書けるし、原稿整理もチャチャッとできるでしょう)
       ↓
5 「よし、やるぞ!」

(よし、ブログ書きます!)

というわけで、この5ステップを脳内でシミュレートし、見事ひさしぶりに当ブログを更新できました。

もっとも、原稿整理はそこまでチャチャッとはいかず。
そこらへんの読みの甘さが、人の上にたつ人間とは程遠いようです……


●オマケ
あまり他社を利するのも何なんですが、本書をアマゾンで買うという人は、今日明日で購入するとお得だそうです。

部下の「やる気」を育てる! アマゾンキャンペーン

キャンペーンのことを何も言わない担当さんの奥ゆかしさにほだされ(?)、つい紹介してしまいました(著者のブログのファンというのもありますが)

ただし、キャンペーンがあるので○日に絶対紹介してください!的なことを言われると、かえって紹介したくないんですよねぇ(そもそも僕、他社の人間ですし……)


*当ブログへの献本は、以下のルールに則っていただける限り、歓迎いたします。
当ブログへの「献本ルール」を、ここらでハッキリ決めようと思います。
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by aru-henshusha | 2008-09-24 22:37 | 本・出版
う~ん、柔道を見ない人にも、石井ちゃんで通じるかしら?

奔放な発言で話題騒然の、北京オリンピック柔道(100kg超級) 金メダリスト、石井慧選手の名言(迷言)を10選んでみました。特に順位はつけていません。


3分過ぎたら石井ちゃんタイム、カップラーメンの石井とみんなは言ってます
(無尽蔵のスタミナがあるため、3分ほど過ぎるとバテ出す相手に比べ、自分は優位に立てると自分の柔道をカップ麺に例えている。)(NHKスペシャル)
*注 Nスペをリアルタイムで見ていて、このくだりで、お茶吹きそうになりました

幸せな人には負けたくない
(同階級のライバル、井上康生が北京五輪を前に東原亜希と結婚したことについて)


俺が本気で腹筋に力を入れたら相手は諦めた方がいい。どんな技もかからない。

ウツでも金

オリンピックのプレッシャーなんて、齋藤先生(斎藤仁)のプレッシャーに比べたら屁のツッパリ(すっぱ)にもなりません。
(北京五輪優勝後インタビュー)

思いっきり遊びたいです。…やっぱり練習したいです
(上記インタビューの直後の発言)
*注 齋藤を意識して言い直したっぽい

「ゆっくり休めましたか?」の問いに「ボクが休むのは死ぬ時です

オスとして魅力を感じて室伏選手(室伏広治)に握手を求めました。でも、僕のほうが握力強かったですね
(北京五輪解団式インタビュー)

自分はプロですから、野獣としての
(北京五輪解団式インタビュー)

僕は握手しただけで相手のことがすべて分かる。薄々こういうふうになるんじゃないかなと思っていた。以心伝心という言葉がありますが、ちょっと待てと念を送ったんですがダメでした
(福田首相(当時)突然の辞任について、記者団より質問されて)

*出典:すべて石井慧 - Wikipediaより)

中にはマジメな発言もあったんですが、ネタに走ってしまいました。申し訳ない。

なお、語録モノは当ブログで人気があるシリーズです。
興味がある方は、過去の関連エントリもあわせてどうぞ。

「押尾学語録」を見ていると、悩みとかどうでもよくなるね。
KAT-TUN田中語録は、あの押尾語録を超えられるか?
完全保存版! 僕らの「加藤鷹」名言集。
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by aru-henshusha | 2008-09-24 21:23 | 名言・言葉
こういうネタは夏休み中に紹介すればよかった気もしますが……

実物を見てみたい、変わった名前の生物ランキング(gooランキング)

1 オジサン
2 ミッキーマウスノキ
3 セニョリータ
4 キソウテンガイ
5 コンペイトウ
6 ナンジャモンジャゴケ
7 アバチャン
8 トゲアリトゲナシトゲトゲ
9 ニッポンダカラ
10 ハクションクラゲ
*リンク先では、30位まで紹介

で、この中で気になったのが、このトゲアリトゲナシトゲトゲ

トゲがあるんだかないんだかハッキリしない名前ですが、そもそも、まだ虫自体の生息が確認されていないんだとか。

ちなみに、トゲナシトゲトゲはその名前どおりトゲがないそうです。

いわゆるトゲトゲの画像はこちらでご確認を。

トゲハムシ亜科
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by aru-henshusha | 2008-09-24 20:40 | 動物・植物
c0016141_2371578.jpg献本ものが続きます(本書も担当編集の方からいただきました)。

バイバイ

HYというバンドのボーカルの方が出された詩集です(第一弾の『あなたへ』もメチャメチャ売れてます)。

詩集はあまり読まないし、私生活でも「バイバイ」されっぱなし(?)の僕としては、読むのがつらいかもなぁとも思ったのですが、これがとてもいい本で。


最初は気に入った詩(or詞)を紹介しようと考えていたのですが、次のエピソードを読んで気が変わりました。
僕が紹介するとしたら、やはり、これしかないだろう、と。

(「永遠に」とか「ずっと一緒にいようね」という言葉を使いがちだった著者に、そういう言葉を言ってあげたいけれど、嘘はつきたくないと、彼氏が言ったときの話)

 初めて言われた時、私は彼の言った言葉の意味が一瞬わからなくて泣いてしまいました。でも、彼はすぐにこう続けて言いました。
「今は二人共愛し合っているけれど、この先何があるか、誰にもわからない。もしかしたら、いずに好きな人ができるかもしれないし、オレに好きな人ができるかもしれない。今は好き合っているから、今の気持ちだけで『ずっと一緒にいようね』って言うことはできるけど、本当にそれでいいのかな?『ずっと一緒』ってそんなに簡単に口にしていい言葉だとは思わない。だから、今は言いたくない。本当にお互いに理解し合えて、尊重して、生涯共に添いとげられる相手として、心から愛してると言えるようになってから言いたいんだ
 彼に言われてから私は思いました。この人は、ちゃんと言葉の持つ力を知ってる人なのかもしれない。彼にならついて行きたいなと。
この彼の言葉を「理屈っぽい」と思った女性(男性)もいるかもしれません。
けれど、こういう理屈、僕は好きなんですよね。

著者は、彼のことを「言葉の持つ力を知ってる人」と書いていますが、僕の言葉でいえば、彼は言葉に対しても、その言葉を投げかける相手に対しても誠実なんだと思います。

じつは、それは僕がひそかに目指していることでもあったりして。


僕は「編集者」という、言葉を扱う職業についたときから、できるだけ言葉に対して誠実でありたいと思っています。
むろん、本のコピーなどであおったりするときはあるのですが、それもいちおう分をわきまえて。

たとえば、著者と話すとき、僕は件の彼氏のように、「簡単に言ってはいけない言葉を、簡単に言わない」ように気をつけています。

たとえ、それが一時、著者を喜ばすとしても、あとから一瞬で「キャンセル」しうる喜ばせ方を、僕はしません。


同業者の中には、僕と正反対な言葉の使い方をする人もいます。
その場のノリで、著者を持ち上げるだけ持ち上げて、何の根拠もない約束をして、風向きが変わったらもう目もくれない。

それでも、そのときが楽しかったのなら、いいじゃないか。

なるほど、そういう言い方・生き方もあるとは思います。
でも、僕はそういうふうには言えないし、生きたくもない。


恋愛の話に戻しましょう。

「ずっと一緒にいようね」と簡単に言える男(女)を、僕は信用しません。
その言葉には、使いどきがあると思うし、やはり、一生に何回も言える言葉ではないと思うから。

どれだけの人に共感してもらえるかはわかりませんが、僕にとっては言葉を大事にできる人こそが、人を大事にできる人なのです。


『バイバイ』には、言葉を大事できる人だけが、人を大事にできる人だけが、書ける言葉が詰まっています。



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by aru-henshusha | 2008-09-16 00:13 | 本・出版
c0016141_2231946.jpg担当編集者から献本いただきました。
だいぶ時間があいてしまったので、ひたすら申し訳ないです。

私鉄探検

さて、本書は一言でいえば「私鉄の沿線文化」を取り上げたガイドブック。

取り上げられている私鉄沿線は、西武、京王、京急、近鉄、阪急・阪神などですが、何を隠そう、僕は西武線沿線の生まれなんですよねぇ。


くしくも本の第1章が「西武鉄道」について書かれていて、期待と不安(?)を胸に読み始めたのですが……


読んで改めて思ったのは、「私鉄」って「私(たち)の鉄道」なんだなぁということ。

僕の例でいえば、子供のころから他の電車の沿線に引っ越すまで、とにかく西武線ばかり乗っていたんですよね。
とくに、大江戸線が開通するまでは、西武(池袋)線沿線の人って、盛り場が基本的には池袋しかなくて、買物するにも映画観るのも、黄色い電車に乗り込んで。

だから、西武線(沿線)には愛着があるんです。
その分、この本には「人より楽しめるところ」と「人より楽しめないところ」が同居していて。


たとえば、本書では西武線を語るのに「キャラクター」というキーワードを持ち出して、手塚治が長い期間西武線沿線に住んでいたとか、所沢のあたりの地名や風景が「となりのトトロ」のモデルになっているとかといったエピソードが語られます。

それらの話に、「ああ、あそこね」とか「知ってる、知ってる」と膝を叩く自分もいるのですが、同時に、臨死!!江古田ちゃんで注目されだした江古田駅についても書いてほしかったなぁとか、そもそも池袋の街の変遷とかも興味があるんだよねぇ、と思う自分もいて。

それもこれも、「私の鉄道」にまつわる本だから、ついつい気になってしまうと思うんですけどね。
その意味では、本書を純粋に楽しめるのは、もしかしたら「公鉄(?)っ子」なのかもしれません。


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by aru-henshusha | 2008-09-15 22:54 | 本・出版
c0016141_2140942.jpg10月に小学館から新書シリーズ(小学館101新書というのだとか)が出るってのは聞いていましたが、こういう「ルックス」だとは想像していませんでした。

左は『読書進化論』のカバー。

見ての通り、ドラえもんのポケットがモチーフになってますよね。

ほかの著者のブログでも、このデザインが確認できたので、シリーズ全体で「ドラえもん新書」の様相を呈しているようです。
*参考:ドラえもん?

ちなみに注目のラインナップは、下のリンクでも言われているように「かたいな~」の一言ですよね。
*参考:小学館101新書だそうで

天下の小学館さんなんだから、一冊ニ冊は大博打をしてほしかったものですが。
なんだか、幻冬舎新書や角川oneテーマ新書あたりがこのラインナップでもおかしくないような気が……
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by aru-henshusha | 2008-09-15 21:51 | 本・出版
c0016141_0284895.jpg最近、また高橋がなりにハマっている。

以前から好きな人物の一人ではあったのだけれど(このブログも愛読してた)、先日ふとしたキッカケで彼の著書を手に取り、その仕事哲学にふれている。

経歴を見ればわかるように、決してエリート街道を歩んできた人物ではないからこそ、その言葉の普遍性は高い。

というわけで、少し古い本からの引用になるけれど、気になった言葉を紹介する。

上司は理不尽にならないといけないんです。そうすると部下たちは、“結果”を出さなければならないということを体で知って、「プロ」に育っていけるからです。何につけ理由をちゃんと聞いてあげると、部下はどんどん甘えるようになる。これを僕は「弱者の連鎖反応」と呼んでいます。かといって、理不尽なだけではダメで、嫌われながらも慕われる上司にならなくてはいけない。「このオヤジ、理不尽だけど、才能が圧倒的に違うわ」と。(『がなり説法』75ページ)
「理不尽な上司」には、理屈は通じない。
僕もそういう人の下にいたことがあるからわかるけど、こちらにどんなに理があろうと、企画や提案に容赦なく「NO」を突き付けてくる。

そういう経験から学んだのは、「とにかく実績を作って、こいつを黙らせるしかない」という<仕事上の腕力>を手に入れる必要性だった。
その結果、僕はたぶん、やさしい上司の下にいる数倍のスピードで成長できたと思う。

物わかりはいいけど力(才能も権力も)がない上司と、理不尽だけど力がある上司の二人がいるとしたら、若ければ若いほど、後者の下についたほうがいい。

もっとも、部下が上司を選べる機会はまずないから、理不尽な上司の下についたとき、このことを思い出せればいいだろう。
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by aru-henshusha | 2008-09-08 01:07 | 商品・企業・仕事
c0016141_15391055.jpgこの本は担当編集者の方からいただきました。

ワンランク上の問題解決の技術《実践編》

自分自身がこれから「実践」したくなるようなスキルを教えてくれたという意味では、最近感想を書いた本の中でも一番の良書。

ただし、内容の一部を抜き出して紹介するのには適さない構成なので、ちょっと変わった紹介の仕方を試みてみます。



本書で紹介されている「ファンクショナル・アプローチ」は、「何のためにするのか?」(目的)、あるいは「それは何のためにあるのか?」(機能)という視点から、ある課題を分析し、改善点を見つけていく「問題解決」の技法です。

……って、こんなことイキナリ言われてもわからないですよね。
(僕自身、アマゾンの内容紹介を見た時点では、中身が想像できませんでした)

なので、今回はそのファンクショナル・アプローチの手法(正確には、FASTダイアグラムの作成)を応用して、「恋の問題解決」に挑戦してみました。


問題はズバリ、「好きな人への告白のポイント」。
ファンクショナル・アプローチを使うことで、以下のように問題の本質が見えてきます。

●ファンクショナル・アプローチで分析した好きな人への告白のポイント(超簡易版)

c0016141_14125237.jpg
*注 まじめにやるとかなり項目数が増えてしまうのでザックリやってます。
 また、この図はMindMeisterで作成しました。便利なサイトです。


図を見てもらうとわかるように、ここでは告白の目的を「相手にOKをもらう」ことに設定。
その「ため」には何をすればいいのか、という視点で問題を分解し、告白のためにやるべきことを洗い出しています。

もっとも、これはあくまでたたき台で、一度この図(FASTダイアグラム)を作成したあと、それぞれの上下関係を見直したり、新しい項目(ファンクション)を追加したりします。

たとえば、上の図でいえば、「脈ありかどうか確かめる」の下に、「共通の知人にそれとなく探らせる」なんてファンクションを追加できるかもしれません。

まあ、これで「恋の問題解決」ができるかどうかは明言は避けますが、それよりも「本の目次づくり」への応用が相当きく手法なので、同業者や著者(候補)の方は必読かと。


最後に、先日こんな記事も書いたので、「編集者」として少し気になったことを。

・そもそも、「問題解決」自体がふつうのビジネスマンにとって敷居が高いスキルなので、さらに「ワンランク上」と名付けると、読者が狭くなる気が…
・本の構成上必要なのはわかりますが、1章がかなり長くて、ここで挫折する読者もいるかも…

まあ、担当の方にしたらそんなことはお見通しで1785円という値づけをしている気がしますが、タイトル以上の敷居の高さを、個人的には感じました。

とはいえ、中身は本当によい本なので、秋の夜長に気張って読む価値はある一冊です。
ぜひ、ご一読を!


*当ブログへの献本は、以下のルールに則っていただける限り、歓迎いたします。
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by aru-henshusha | 2008-09-07 16:10 | 本・出版
昨日書いた書評(というかあくまで感想レベルだが)に、先ほど追記をした。

『あたらしい戦略の教科書』に、本当の「あたらしさ」はあるのだろうか?(追記アリ)

その追記部分とも少し関連するのだけど、「僕が書評を書くときに一番大事にしてること」を以下に書いておく。


結論から言えば、僕は書評を書く際に、

「自分がその本を読んで、そのときに感じたことを、ありのままに書く」

ことを、一番大事にしている。

そんなの当たり前のことだよ、と思う人もいるだろうけど、その当たり前が意外と難しい。


そもそも、僕がこのブログで紹介する本の大部分は、著者や編集者からの「献本」である。

他社の友人や、業界の大先輩が汗水たらして一生懸命作った本。
できることなら、どんな本であれ高い評価をしたいというのが、人情だ。

けれど、それをやってしまうと、一番苦しむのは自分である。

よくないと思った本でも無理やりほめ、ブログの読者にたいして思ってもいない感想を垂れ流し、常に献本してくれた人の顔色を気にして記事を書く。

そんな思いをするぐらいなら、「よくない本はよくない」とはっきり書くほうがいい。

幸い、そこまで酷い本にはまだ出合ってないが、いつかそういう本が送られてきたときには、誰が作った本であれ、正直な感想を書くつもりだ。


また、今の時代、新聞・雑誌はもちろんのこと、ブログであれ、ネット書店やsnsのレビューであれ、ある程度の知名度を有する本に対する書評は世の中にあふれている。

僕自身、参考として、それらの書評にざっと目を通すことはある。
けれど、他人の書評を意識しすぎると、自分の書きたいことが書けなくなる。

あの有名な書評ブロガーは自分とはまったく逆の感想を書いている、自分はいいと思った本だけどアマゾンのレビューでは酷評されている……。
そんなことを気にしだすと、いつの間にか自分の意見がそちらにすり寄ってしまいかねない。

そういうときこそ、「自分がそのときに感じたことを、ありのままに書く」ことを強く意識する。

このブログは、僕のブログである。
「僕というフィルター」をかけない書評なら、わざわざ時間をかけて載せる意味はない。


「僕というフィルター」を考えたとき、僕が編集者であることは、その大きな要素の一つだろう。

僕の書評には、本のタイトル、構成、デザイン、造本、ときには販売面についての意見も含まれる。
それは「一読者」であると同時に「一編集者」として本を読んでいるのだから、当然である。

もっとも、それがどれだけこのブログの読者に伝わっているのかは心もとない。
正直、普通の読者はそこまでタイトルのこととか気にしないかもなぁと思いつつ、この本のタイトルはいいとか悪いとか、好き勝手なことを言っている。

けれど、そういう偏りも含めて、自分の書評には「僕らしさ」を出したいのだ。

また、僕の書評を通じて「編集者的な本の読み方」を少しでも感じてもらえれば、それは多少意味のあることではないかとも思っている。


「自分がその本を読んで、そのときに感じたことを、ありのままに書く」

今後書く書評でも、僕はそのルールを守っていく。

それによって、「ある編集者」の書評はときに偏っているとか、ときに厳しすぎるという感想をもたれても構わない。

僕にとっての書評は、ある本の内容や価値を記録すると同時に、その時々の自分自身を表現する大切な機会なのだ。

みなさんがそれを望んでいるかどうかはともかく、そういう方針で書いているということをご理解いただきたい。
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by aru-henshusha | 2008-09-03 14:32 | 本・出版
c0016141_17313511.jpg当たり前のことだけど、本の評価は、人によって変わるものである。

また、同じ本でも、読む時期によって、評価が変わることもある。

もしも僕が、前作『はじめての課長の教科書』を読む前に、この本に出会っていたのなら……

僕はきっと、本書、

あたらしい戦略の教科書
(著者より出版社を通じて献本)
を高く評価したと思う。


けれど、現実は違う。

僕はすでに、『はじめての課長の教科書』を読んでしまった。
酒井穣という著者が持つ「可能性」を知ってしまった。
彼が「あたらしい」戦略の教科書を書くと聞いて、胸が躍った。

しかし、それはどうやら、僕の空騒ぎだったようだ。


本書の第1章「戦略とは何か?」で、著者は「戦略とは『旅行の計画』である」と述べ、次のようにたとえている。

「戦略とは現在地と目的地を結ぶルート」

なるほど、これはわかりやすい。しかし、そこに「あたらしさ」はあるのだろうか?


僕は「(経営)戦略」の本の良し悪しを語れるほど、類書に通じているわけではない。
そもそも、大学時代は日本文学が専攻で、経済・経営の基礎知識さえ危うい部分もある。

けれど、戦略を語るのに「現在地」と「目的地」を出すのが、定石だということぐらいはわかる。
現に、僕がこれまで仕事をしてきた経営者やコンサルタントは、同旨のことを、取材や打ち合わせで何度も語っていた。

本書に「あたらしさ」(それはもちろん、僕が求める「あたらしさ」だが)を求めていた僕としては、正直、この出だしを読んだとき、心配になった。

本書は、わかりやすいし、前作同様、きめ細かい記述には頭が下がる。

だけど、それらの特長は、内容の「あたらしさ」を保証すると言えるだろうか?


本書の核をなす考え方に「スイートスポット」という概念がある。

これは「顧客に対して、自社にしか提供できない価値」が含まれる領域、すなわち自社が守り、広げ、有効活用すべきビジネス領域のことだ。

これ自体は僕にとっては「目新しい」ものだった
(ただし、同様の概念は違った言い方で、今までに何度も紹介されているとは思う)


しかし、これは酒井氏の発明品ではない。

本書65ページのキャプション、および参考文献をチェックすればわかるように、この考え方はある雑誌からの受け売りである。
すなわち、(あえてこういう言い方をするが)借り物」だ。


本書が他の本から「借り」ている部分は他にもある。

べつに、すでにある情報を拝借して、さらに付加価値をつけてリリースするのが悪いとは言わない。
(そういう本作りは、僕自身、今まで何度もしてきた)

けれど、そうしてリミックスされて提供された情報は、はたして「あたらしい」ものだろうか?

いや、より正確に言えば、たとえそれらが「あたらしい」としても、僕がこの本に求めた「あたらしさ」は、はたしてそういうものだったのか?


本書を読み終えて改め感じたこと。

それは、僕がこの本に求めていたのは、酒井穣 という可能性あふれる著者が長年ビジネスマンとして経験したことを結晶化し、「自分の言葉でつむぎ出した、今までにない、あたらしい戦略」であったということだ。

そうした希望が一読者として妥当なものだったのかは、わからない。
実際、読者によってはこの本を「あたらしい」と評価する人もいる

最初にも書いたように、人によって本の評価は違う。
この本に書かれているすべての記述に、今まで見たことのないような「あたらしさ」を感じる人も少なからずいるだろう。

僕はそれらの評価を否定する気はない。
けれど、自分が現時点で極めて厳正に下した評価を、他者の評価にすり寄せる必要性も感じない。


最後に、この本のタイトルが、もしも『はじめての戦略の教科書』や(出版社的にはナシだろうけど)『よくわかる戦略の教科書』だったら、僕はこんなことをネチネチと書かなかったはずだ。

それほどまでに、僕はこの本に「あたらしさ」を求め、また、本書の著者ならそれが書けるはずだと期待した。

その意味では、この本において、「僕という顧客」と「著者が提供できる(というか、したい)価値」に大きなズレがあったのだろう。

他の多くの読者にとって、この本が紛れもない「スイートスポット」であることを願う。


●大事な追記
この記事を書いたあとに、本書の担当編集者の方とメールをやりとりする機会をいただきました。
メールには、彼がなぜこの本に「あたらしい」と銘打ったか、その確固たる理由が、担当者ならではの熱い想いとともに書かれていました。

今回、異例ではありますが、そのメールの一部を以下に引用させていただきたいと思います。
私なりの「あたらしい」というタイトルへの思いを書かせてください。

「あたらしい」というキャッチフレーズは著者の原稿に最初から付いていたものですが、個々の方法論はたしかに「新しい発明」と言えるものはないかも・・・と感じながらも、そのキャッチフレーズには私はあまり違和感を感じませんでした。

「現場主導の戦略」という視点に相当、新鮮さを感じるとともに、たぶん一生現場で働く自分にとっても勇気や働く意義みたいなものを感じさせてくれる原稿であることを誇りに感じたりもしたからだと思います。

ご存じかと思いますが、僕らの社名のディスカヴァーには「覆いを取る」という意味があります。

「ものの見方や視点の変化」こそが「新しい」明日を生み出すというような意味ですが、「思い込みの枠をはずすことこそが自分をあたらしく生まれ変わらせてくれるのだ」・・・という社名には僕自身、深く共感するところがあり、ここにいます。

そうした視点を変えてくれるあたらしさがこの本にはあったのではないかというのが担当編集の僕の思いです。(担当編集者の方からのメールより)
このメールを見てもおわかりの通り、僕が本書に求めた「あたらしさ」と、担当の方が本書に見出した「あたらしさ」は異なります。

そして、昨日自分が書いたことを若干修正することになりますが、そのあたらしさは、どちらも「本当のあたらしさ」であることに違いはないのでしょう。


この記事の冒頭にも書いたように、本の評価は人によって変わります。

僕がこのブログに日々載せている評価は、あくまで「僕というフィルターで濾過された」評価であり、通常ならば読者の方々はそれにしか触れることはありません。

もちろん、このブログの読者の中には「僕というフィルター」をある程度信頼して、あるいはその偏りをわかった上で、記事を読んでくれる人もいるのでしょう。

けれど、繰り返しになりますが、本の評価は人の数だけ存在します。
「僕というフィルター」を外せば、そこには違った評価も存在しうるのです。


そんな意味もあって、僕はあえて、この本に対する「もう一つの評価」を載せました。

一読者として「ある編集者」がくだした評価も、この本を世に送り出した「担当編集者」がくだした評価も、これからこの本を手に取る読者の方に有益であることを願います。
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by aru-henshusha | 2008-09-01 18:37 | 本・出版