ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

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すごくすごく久しぶりです。
ある編集者です。生きています。


東京で地震にあっただけで大げさな、と思われそうですが、
昨日オフィスで、最初の大きな地震に遭遇したとき、
正直、死ぬかと思いました。

ビルの構造(しかも、それは安全性を考えた構造なのでしょうが)のせいか、
縦揺れがひどく、エレベーターは止まり、あちこちでゲラや本が散乱し、
社内も社外も騒然としているし、そのあとも、たえまなく余震が続く。

間違いなく、僕が生きていた中で体験した、一番大きな地震。
その地震のさなか、そして「地震のあとで」、考えたことがいくつかあります。


一番最初に考えたことは、身も蓋もないですが、
「この会社で死にたくない」ということでした。

この会社で死ぬ、というか、多分、
この会社の一員のまま死ぬということにたいして、
僕は納得はできないな、と思いました。

それは、自分の真意に気づかされたというより、
前々からの思いの再確認と言ったほうが正しいのですが、
僕の死に場所はここでない、と改めて感じました。


同時に、これはまだまとまっていない考えのメモにしか過ぎませんが、
自分はもしかすると、「編集者として死にたくない」とも、
あの場で思っていたかもしれません。

編集という仕事は、相変わらず好きですし、
毎日バカみたいに働いています。

でも、その生活が本当に自分が望んでいることなのか、
建物が揺れるとともに、心もグラッときました。
その「震源地」については、しばらく考え続ける予感がします。


また、「地震のあとで」、色々な人の安否を確認しようと連絡を取りました。
そして、これも身も蓋もないことですが、
いま、自分が大切に思う人が誰なのか、ハッキリしました。

むろん、それはこちらのone-wayな思いの発露でしかないのですが、
割と優柔不断な僕にとっては、いい経験でした。

あと、普段はウザいくらいに感じてた親からのメール、
昨日だけは嬉しかった。本当、生きているだけで何より。


いい機会ですから、「地震のまえに」考えていたことも、
あわせて書いておきましょう。

このブログ自体は全然更新していないのですが、
いまはツイッターやらフェイスブックやら、
あるいは●●社の××としては、たまにブログを更新しています。
(僕の実名を知っている方は、よかったら検索してみてください)

ある時期から、匿名よりは実名で発信するほうがメリットが大きいと考え、
そうしてきました。
実際、「ある編集者」じゃない僕を知る人も業界ではけっこう増え、
仕事にもいい影響が出ています。

ですから、このブログは(生身の自分と最終的にひもづけるかは迷いますが)、
どこかで完全に更新をストップしようと思っていました。


けれど、「地震のあとで」、やはり考えが変わりました。

僕がいま、本当に書き残しておきたいことは、
ツイッターでもフェイスブックでも、ましてや社名を背負ったブログでもなく、
やはり「ここ」に投稿すべきじゃないかと思いました。

「ある編集者」の正体を知っている方からすれば、
それは中身がバレバレの「マスクマン」の悪あがきなのかもしれません。
でも、いまの僕には、その「マスク」が大事なんです。

ここに書いただけで、魔法のように色々なしがらみが消えてしまうわけでもないですし、
生身の僕と結び付けて「××、あんなこと書いてたよな」と噂されたりもあるでしょう。

だけど、僕はやっぱり「ある編集者」としてキーボードをたたくとき、
ちょっとだけ強く、ちょっとだけ素直になれる気がして。

「ある編集者」のマスクをつけて書きたいことが、
きっとこれからも、節目節目であるように思います。

そんなことを「地震のあとで」考えて
久しぶりにヒトリゴトを言ってみました。


「自分の家」なのに、ちょっとあけすぎたようですね。
ともかく、ただいま。

しばらくすると、またどこかに遊びに行ってしまうかもしれないけど。
でも、ただいま。


*色々書きましたが、このブログのケアにかけられる時間が一番少ないので、
コメント欄とかスルー&お眼汚し状態になることをお許しください

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by aru-henshusha | 2011-03-12 10:45 | 不定期なヒトリゴト。
最近、「いいライターと組ませてください」と言う著者が増えた。


いま僕が仕事をしている著者は、ほとんどが企業の経営者で、自分で書くのは稀だ。

文章を書くのが苦手だとか、その時間がもったいないとかの理由で、
取材をもとにプロのライターが構成・執筆をして、一冊の本を作ることが多い。
(場合によっては、その仕事のすべて、あるいは一部を編集者が引き受けることもある)

そういう制作スタイルだから、当然、ライターの力量が本の出来に影響する。

この事実は、ビジネス書の著者の間ではだいぶ浸透しているようで、
冒頭のようなお願いをしてくるケースが目立ってきた。


もちろん、こちらとしても、腕が立つライターに、
取材や執筆をお願いしたいのは一緒である。

同じ一冊の本を作るなら、下手なライターより、
優秀なライターに書いてもらうほうがいいに決まっている。

けれど、仮にそういうライターと仕事をしたからといって、
その本が必ず売れるとは限らない。

なぜなら、本のコンテンツは、けっきょく著者以上のものにはならないからだ。


ライター(あるいは編集者)は、
まとまりに欠ける著者の話を、わかりやすく整理することはできる。
よくあるノウハウに独自のネーミングを与え、新しさを演出することもできる。
読みやすい文章を書くことで、読者のストレスを軽減することだってできるだろう。

しかし、それらはあくまで「調理」の方法に過ぎない。
本の「材料」を用意するのは、著者の役目だ。


ビジネス書であれば、著者がビジネスにかかわる分野で、
どんなことを行ない、どう考えてきたかが材料である。

それが何の変哲もない材料だとしたら、
調理法の工夫だけで、絶品の料理(本)を作るのは難しい。

「どう書くか」以前に「何を書くか」。
書ける(書いてもらう)だけの材料が、自分にあるかどうか。


それを吟味もしない内から、
「有名シェフ」の予約のことだけで頭がいっぱいな著者が多いようである。


こんなことを書いたのは、別に最近の著者に文句を言いたいからではない。

こういう「当たり前のこと」を忘れていた自分を戒める意味で、
いまパソコンに向かっている。


一部の人には言っていたことだけど、
この半年間、「書く」ことを学ぶ学校に通っていた。
(その目的については、長くなるので別の機会に譲る)

正直、通う前は、自分の「文章力」には自信を持っていた。

その学校の生徒には、僕のような現役の編集者やライターはほとんどいない。

出版社でも編集部以外の部署の人間、あるいは文章執筆とは無縁な会社に勤める人、
学生やフリーターなど、明らかに「書く」ことには不慣れな人が多いように見えた。

嫌な言い方だけど、自分の文章は学校の中では「うまい部類」に位置するはずだと思っていた。


けれど、授業が始まってから驚いた。

学校では、講師が決めたテーマをもとに文章を書いたり、取材をする課題が出る。

後日、生徒が提出した課題をもとに授業が進められるのだが、
自分よりもうまい文章を書く人はざらにいた。

いや、もっと言ってしまえば、僕が普段書いているような文章は、
たとえ趣味でも、書くことにある程度時間を費やしてきた人なら、
誰でも書けるのだということを思い知らされた。

僕が誇ってきた「調理」の腕前は、しょせんその程度だったのだ。

書くことへの自信を失うというより、
書くということを甘く見ていた自分に、嫌気が差した。


「どう書くか」を競っても、他の生徒と大差はない。
ならば、「何を書くか」、じっくり考えるしかない。

思えば、それは講師として来ていた業界の大先輩の方々が、
口を酸っぱくして言っていたことと同じである。

それを意識することで、卒業時には入学したときよりも、
少しはましな文章が書けるようになったと思う。


誤解してほしくないのだけど、
「どう書くか」ということも、もちろん大事だ。

しかし、それはあくまで、「何を書くか」のあとに、
あるいは同時に考える問題ではなかろうか。


自分が調理するにしても、人に調理させるにしても、
まずは最高の材料を探し集めることだ。
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by aru-henshusha | 2009-05-11 00:46 | 不定期なヒトリゴト。
c0016141_238463.jpg本当はたまった献本を先に紹介しなければいけないのですが、どうかあと一冊、この本についてだけは書かせてください。

最近読んだ中で、まぎれもなく一番読んでよかった本です。

街場の教育論

「教育」というテーマの本でありながら、仕事にも人生にも効く「学び」を得たように思います。
中でも、これから紹介するのは、僕の生業である「編集」に通じる話です。

(「学び」の基本は)自分が何を知らないのか、何ができないのかを適切に言語化する。その答えを知っていそうな人、その答えにたどりつける道筋を教えてくれそうな人を探り当てる。そして、その人が「答えを教えてもいいような気にさせる」こと。
それだけです。
(中略)
道を進んでいたら、前方に扉があった。そこを通らないと先に進めない。でも、施錠してある。とんとんとノックをしたら、扉の向こうから「合言葉は?」と訊かれた。さて、どうするか。
「学び」とは何かということを学んできた人にとっては、答えは簡単です。
知りません。教えてください」です。扉はそれで開きます。(120ページ)

この「学び」を「編集」に変えても、僕は成立すると思います。

むろん、編集する本のジャンルによっては、これがあてはまらないこともあるでしょう。
しかし、少なくとも僕が普段作っているビジネス書の場合、まさに「知りません。教えてください」という合言葉を著者に投げかけるところから、仕事が始まります。

こういうと、「編集」というのは簡単な仕事のように思われるかもしれません。

たしかに簡単だけど、同時にとても難しい。
それは、引用した言葉の繰り返しになりますが、

①自分が何を知らないのか、何ができないのかを適切に言語化する
②その答えを知っていそうな人、その答えにたどりつける道筋を教えてくれそうな人を探り当てる
③その人が「答えを教えてもいいような気にさせる」


の3つが、口で言うほど簡単ではないからです。

自分が何を知らないのかを知る(企画立案)、答えを知っていそうな人を探り当てる(著者選定)、その人に答えを教えてもらう(執筆交渉)、この中の1つにでも間違いがあれば、それは本来、自分が求めていた本とは違うものになってしまう。

実際には、本を作ってから(あるいは作る過程で)その間違いに気づくことも少なくありません(少なくとも僕は)

簡単だけど難しい。それでも「知りません。教えてください」を繰り返していくのが編集の仕事なんだなぁと、今さらながら気づいた次第です。
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by aru-henshusha | 2009-02-24 23:37 | 本・出版
c0016141_051262.jpg一読しただけでは意味不明な見出しでしょうが、その説明についてはおいおいと。

今回紹介する本は、担当編集・著者共に自分の知人という、書きやすくもあり、書きにくくもある一冊です。

転職は1億円損をする

さて、どこらへんから攻めようかと思ったのですが、やはり、このタイトルにふれないわけにはいかないでしょう。


この『転職は1億円損をする』というタイトル、事前に著者から聞かされた時点では、なかなかいい題名だと思いました。

新書というタイトル勝負のジャンルでは、これくらいインパクトがなければ目立たないし、「1億円」という具体的な金額が入っているのも、読者の興味をそそるはず。

しかし、同時に心配していたのは、どこから1億円という数字をひっぱってくるのか、でした。

新卒から同じ会社に勤め続けた人と、安易に転職を繰り返す人で、本当に1億円もの差がつくのか?――それは普通の読者なら、当然気にするところでしょう。


で、結論から言うと、「ちょっと無理しすぎ」。
これは著者の知人ということを割り引いても、突っ込まざるを得ないかと。

たとえば、この本では、転職なし/ありのサラリーマンの交通費を次のように計算しています。

・転職なし:津田沼在住、会社最寄り駅は新宿、交通費は全額支給の会社
→40年間で0円

・転職あり:那須塩原在住、会社最寄り駅は東京、新幹線料金コミの定期代を全額負担
→40年間で5751万400円

「転職あり」の人、こんなに交通費かかる時点で、普通なら、また別の会社に転職するんじゃありません? この計算は、まさに計算のための計算、タイトルとの整合性をつけるための「数字いじり」としか思えません。

残念ながらこういった極端な計算が、本書では他の部分でも見受けられます。


もっとも、作り手のほうは、そんなことは百も承知なようで。
すでに書評などでも取り上げていただいているとおり、「1億円」の算出の仕方については、少し極端な例も含めています。しかし、とくに読んでほしいターゲットに届けるには、このくらいのインパクトのあるタイトルが必要だと思いました。
『転職は1億円損をする』の著者に聞く 転職して損をしないか見極める方法
と著者はインタビューに答えています。

この本、早々と2刷が決まったということですし、いまのところ、作り手の思い(と狙い)は、読者に「まあ、これぐらいならアリなんじゃないの」と、受け入れられているのかもしれません。

ただ、個人的には、今回の本はタイトルがあまりに先行しすぎたように思います。

転職と同じで、「長い目で考えると」こういうタイトルづけが、今後の執筆生活において、ボディーブローのように効いてくるかも……


そうそう、忘れるところでしたが、このタイトルで著者がなぜ300万円損をするのか、その種明かしをしておきましょう。


①本書が、この「無理しすぎたタイトル」の影響で、これ以上増刷はしないと仮定すると……

この本の定価740円×印税率10%×総部数(2刷)13500部=総印税999000円

②同じ著者のヒット作『最高学府はバカだらけ』の部数が(現在55000部)、著者の本で最大限期待できる読者数だとすると……

この本の定価740円×印税率10%×期待部数55000部=総印税4070000円

*双方とも、便宜的に税込定価×印税率10%で計算。部数は著者ブログより


というわけで、著者はタイトルのおかげで、「300万円」印税をもらいそこねているかもしれません。

と、誰がどう見ても「数字いじり」の域をでないインチキ計算ですが、知人としては、こういう意地悪な外野の声(って、俺だけど)に負けずに、バンバン売れて、この試算を覆してもらいたいものです。


*当ブログへの献本は、以下のルールに則っていただける限り、歓迎いたします。
当ブログへの「献本ルール」を、ここらでハッキリ決めようと思います。
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by aru-henshusha | 2008-11-04 02:02 | 本・出版
我ながら、かなりこじつけな見出しをつけてしまいましたが……

好みじゃない男性と、恋に落ちる条件は? 「タイプじゃないけど、付き合えるかも……と思える男子」ランキング(escala cafe)

 ●第1位/年収が1000万円以上……21.8%

 ○第2位/何度も真剣に「好きだ」と言ってくる……17.6%
 ●第3位/好みのタイプじゃなきゃ付き合えない!……15.8%
 ○第4位/お願い事をなんでも聞いてくれる……10.2%
 ●第5位/芸能人・アーティスト……9.0%
 ○第6位/何でも相談にのってくれる……8.6%
 ●第7位/マニアックな趣味が合う……6.4%
 ○第8位/マメに電話やメールをくれる……5.6%
 ●第9位/ロマンチックなデートプランを立ててくれる……3.0%
 ○第10位/友達が勧めてくる……2.0%

こちらのアンケートを鵜呑みにすると、女子の5人に1人は年収1000万円男子には、
タイプじゃなくても心がグラグラ揺れるそうです。

ちなみに、年収1000万円以上の男子って、こんな人たち。

年収1000万円プレイヤー図鑑 バックナンバー(@type)

なお、ビジネス系出版社で年収1000万円超えている人がいますが(間違ってもうちじゃないはず)
記者職だし、社名にビーとかピーとかつく会社あたりですかねぇ(完全にイメージで言ってますけど……)
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by aru-henshusha | 2008-10-06 21:46 | ランキング・アンケート

c0016141_2155539.jpgお~、これでついにたまっていた献本の山から解放されそうです(他にいただいてた本、ないですよね?)

マジマネ5 部下の「やる気」を育てる!

は担当編集の方からいただきました。

著者のブログ、モチベーションは楽しさ創造からを愛読している身としては、うれしい一冊です。

さて、めずらしく本全体の感想を述べようと思ったのですが、これはこの本の出版元の社長、干場さんのお言葉を借りたほうが早いでしょう。

「特に目新しいことが書いてあるわけではありませんが、一応上司歴四半世紀のわたくしからみても、必要なことはみんな簡潔に押さえられている、一冊手元にあると重宝な一押し上司本です!」この記事より引用)

と、シリーズの性格もあるのでしょうが、予想以上にオーソドックスな一冊でした。


まあ、全体論はそれぐらいにして、個人的に目を引かれたのが、以下に紹介するフレームワーク(と流行り言葉を使ってみたけど、意味違うかも…)

●「やりたくない」が「やるぞ!」に変わる5ステップ

1 「やりたくない」「現状を変えたくない」
       ↓
2 「今のままではまずい」
       ↓
3 「変化するとこんないいことがある」
       ↓
4 「自分ならば変化できる」
       ↓
5 「よし、やるぞ!」


上司(リーダー)の役割の1つには、部下にこのステップを踏ませるためのサポートをすることがあるというわけです(その具体的な方法は本書の中に書かれています)


さて、いまだ部下がいない平社員の僕としては、今回、この5ステップを応用して、自分のやる気を引き出してみました。

題して、最近、更新がガタ落ちな当ブログを書くための、
「ブログ書きたくないぁ」が「書くぞ!」に変わる、魔法の5ステップ


●「ブログ書きたくないぁ」が「書くぞ!」に変わる、魔法の5ステップ

1 「やりたくない」「現状を変えたくない」
(忙しいんだよなぁ、明日朝までに原稿入れないとマズイんだよなぁ<実話です>
       ↓
2 「今のままではまずい」

(でも最近更新してないよなぁ、ネタも献本もたまる一方だしなぁ、アクセスも落ちてるしなぁ)
       ↓
3 「変化するとこんないいことがある」

(更新したらいろいろな人に読んでもらえてうれしいよなぁ、ネタも献本も紹介できるしなぁ)
       ↓
4 「自分ならば変化できる」

(書こうと思えばブログなんてすぐ書けるし、原稿整理もチャチャッとできるでしょう)
       ↓
5 「よし、やるぞ!」

(よし、ブログ書きます!)

というわけで、この5ステップを脳内でシミュレートし、見事ひさしぶりに当ブログを更新できました。

もっとも、原稿整理はそこまでチャチャッとはいかず。
そこらへんの読みの甘さが、人の上にたつ人間とは程遠いようです……


●オマケ
あまり他社を利するのも何なんですが、本書をアマゾンで買うという人は、今日明日で購入するとお得だそうです。

部下の「やる気」を育てる! アマゾンキャンペーン

キャンペーンのことを何も言わない担当さんの奥ゆかしさにほだされ(?)、つい紹介してしまいました(著者のブログのファンというのもありますが)

ただし、キャンペーンがあるので○日に絶対紹介してください!的なことを言われると、かえって紹介したくないんですよねぇ(そもそも僕、他社の人間ですし……)


*当ブログへの献本は、以下のルールに則っていただける限り、歓迎いたします。
当ブログへの「献本ルール」を、ここらでハッキリ決めようと思います。
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by aru-henshusha | 2008-09-24 22:37 | 本・出版
c0016141_0284895.jpg最近、また高橋がなりにハマっている。

以前から好きな人物の一人ではあったのだけれど(このブログも愛読してた)、先日ふとしたキッカケで彼の著書を手に取り、その仕事哲学にふれている。

経歴を見ればわかるように、決してエリート街道を歩んできた人物ではないからこそ、その言葉の普遍性は高い。

というわけで、少し古い本からの引用になるけれど、気になった言葉を紹介する。

上司は理不尽にならないといけないんです。そうすると部下たちは、“結果”を出さなければならないということを体で知って、「プロ」に育っていけるからです。何につけ理由をちゃんと聞いてあげると、部下はどんどん甘えるようになる。これを僕は「弱者の連鎖反応」と呼んでいます。かといって、理不尽なだけではダメで、嫌われながらも慕われる上司にならなくてはいけない。「このオヤジ、理不尽だけど、才能が圧倒的に違うわ」と。(『がなり説法』75ページ)
「理不尽な上司」には、理屈は通じない。
僕もそういう人の下にいたことがあるからわかるけど、こちらにどんなに理があろうと、企画や提案に容赦なく「NO」を突き付けてくる。

そういう経験から学んだのは、「とにかく実績を作って、こいつを黙らせるしかない」という<仕事上の腕力>を手に入れる必要性だった。
その結果、僕はたぶん、やさしい上司の下にいる数倍のスピードで成長できたと思う。

物わかりはいいけど力(才能も権力も)がない上司と、理不尽だけど力がある上司の二人がいるとしたら、若ければ若いほど、後者の下についたほうがいい。

もっとも、部下が上司を選べる機会はまずないから、理不尽な上司の下についたとき、このことを思い出せればいいだろう。
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by aru-henshusha | 2008-09-08 01:07 | 商品・企業・仕事
例の「生きてます」エントリを書いてから、忙しさがますますハンパない状態になっております。

仕事のグチを書くのは嫌なんですが、やっぱり取材モノは手間かかるなぁ。
しかも、あれだけ原稿に手を入れないと、使い物にならんとは……。

それはともかく、本日、ちょっとだけ更新します。
最初は仕事にまつわるネタ。

名刺活用意識と年収の関係についての調査結果(エキサイトニュース)

こちらの記事によると、「名刺使用枚数と年収は比例する」のだとか。
以下がその関係をまとめたアンケート結果です。

●年収         ●名刺の使用枚数
200万円未満     3.5枚/月
200万円~300万円  12.8枚/月
300万円~400万円  18.4枚/月
400万円~500万円   8.9枚/月
500万円~600万円  10.2枚/月
600万円~700万円  12.8枚/月
700万円~800万円  16.3枚/月
800万円~900万円  21.0枚/月
900万円~1000万円  30.3枚/月
1000万円~2000万円 37.3枚/月

このアンケートに従えば、月に40枚も名刺を配る人は、みなさんかなりのお金持ちということになりますよね。

僕自身、出版記念パーティ等で、一晩に3~40枚の名刺を配ることがよくあるのですが、年収1000万なんて、とてもとても……。

この名刺の法則、出版関係者にはあてはまらないようです。
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by aru-henshusha | 2008-07-30 01:32 | ランキング・アンケート
c0016141_1182362.jpgc0016141_1183898.jpg
コネタを一個はさんで、また献本の感想です。今回は珍しく2冊一緒に。

左:『人生を決めた15分 創造の1/10000
右:『失敗なんて気にするな!―ビジネスに効く39の言玉

2冊一緒に紹介するのは、手抜きしたいとか、眠いからという理由ではありません(実際、眠い時間帯ではあるのですが……)

これらの本は、違う版元から同時期に送られてきたのですが、実は一箇所、同じようなことを書いているところがあるんですよね。

かたや工業デザイナー、かたや中国算命学研究家と、バックボーンが全然違うはずなのに、一緒のことを言っている。

それって、大げさに言えば、万人に通じる「真理」みたいな話なのかなと思ったので、ここにあわせて取り上げます。
「壁にぶつかった時」のことだが、僕は「仕事の壁は仕事で破る」をモットーにしている。
人によっては、うまく行かない時は無理をせず、気分転換をしたり、他のことをしたりする方が良い結果を生むかもしれない。だが僕は、それよりもがむしゃらに障害に突き進んでいく方が気分がいい。問題から離れて休もうとしたりリフレッシュしようとすると、僕の場合はかえってその問題が頭にこびりついてしまい、八方ふさがりになるからだ。そんなことになるくらいだったら、泥にまみれて七転八倒し、苦しみ抜いて戦った方がよほど気が楽だ。(『人生を決めた15分 創造の1/10000』20ページ)

(休みの日にパチンコばかりしてしまうのが悩みの大工のFさんに対して)Fさんはまだ親方から一人前と認められず、与えられた作業を何となくこなしていて、仕事上の感動や手応えを味わっていないのではないですか?
現状の仕事内容が将来にどうつながっていくのかが見えず、不安定な状態にあるようにも感じられます。

仕事上の不満足は、仕事で解消する
しかありません。(『失敗なんて気にするな!―ビジネスに効く39の言玉』133ページ)
僕自身、売れない本を続けて作ったり、どうにもうまく進まない仕事を抱えているときに、「壁」を感じます。

そんなとき、気晴らしに友達と飲み明かしたり、思いっきり買い物をしたりすることもありますが、結局、一時的な気分転換にしかならないんですよね。
暗いことを言うようですが、家に帰って一人になったとたん、いつのまにかまた仕事のことを考えている。

人によりけりでしょうが、少なくとも僕の場合、仕事の壁は、目覚しい成果や、懸案事項の解消があって、初めて破ることができるものだと思っています。

もちろん、壁を破るまではしんどいですが、多くの人にとって、

「壁にぶち当たる→がんばって壁をぶち破る→また壁にぶち当たる」

を繰り返すことで成長できるものだと思うので、「成長街道の関所」的なものだととらえて、がんばればよいのではないかと。


また、このとき、壁を破ろうと思ってがむしゃらになりすぎるのも逆効果かもしれません。

僕自身は、うまくいかないときほど淡々と仕事をこなすようにしています。
うまくいかないときに一発逆転を狙うと、かえってドツボにはまったりするものですし。

(そこらへんの考え方については、『勝負に強い人がやっていること』という本にくわしく書かれていたかと思います。会社におきっぱなので引用できませんが、良書です)


最後にいただいたご本それぞれに、簡単なコメントを。

人生を決めた15分 創造の1/10000』は、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」にも出たことのあるデザイナーの仕事術の本。
たぶんフェラーリを意識したのであろうブックデザインや、中に収められた著者直筆のスケッチの美しさが際立つ一冊です。

失敗なんて気にするな!―ビジネスに効く39の言玉』は、中国算命学研究家がビジネスパーソンの悩みをQ&A形式で答えていく形式の一冊。
著者のキャラが珍しいので、それが回答にもっと色濃く出てればよかったかなと思います。
(最近のビジネス書は、何を言うかより誰が言うかが大事になってきているので。まあ昔からそうかもしれませんが……)

*当ブログへの献本は、以下のルールに則っていただける限り、歓迎いたします。
当ブログへの「献本ルール」を、ここらでハッキリ決めようと思います。
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by aru-henshusha | 2008-06-23 02:14 | 本・出版
最近、とくに深い理由はないのだけど、岩波新書を集中的に読んでいる。

何というか、最近の岩波新書には「当たり」が多いのだ。
今から紹介する本も、その当たりの一冊である。

疑似科学入門
*アマゾンに画像がないんで書名だけ。ていうか、アマゾン画像は必須でしょうが…

この本の内容については、疑う者を信じよ - 書評 - 疑似科学入門あたりでおさえてもらうとして、ここでは個人的に「なるほど」と思った言葉を引用しておく。
科学とは、知れば知るほどわからないことが増えてくるものである。自分は何も知らなかったと思い知らされるのが科学者の日常と言える。つまり、科学者は研究を極めれば極めるほど謙虚になる。自分の無知さを知って謙虚にならざるを得ないのだ。(同書190ページ)
この言葉、科学者だけにあてはまるものではないのではないか、と僕は思う。


恥を忍んでいうが、去年の今頃、僕は有頂天だった。

なぜかというと、作る本作る本がそれなりに売れて、会社では表彰されるし、ボーナスは予想以上に上がるし、仕事に関しては、まったく怖いものなしだったのだ。

嫌味な言い方をすれば、僕は「わかった」気になっていた。
売れる本の作り方、ひいては出版というものを「わかった」ように思っていた。


しかし、そういう状態は長くは続かない。

そのあと、売れる本も作ったけど、売れない本も何冊も作った。
あの「わかった」感覚は何だったんだろう、と我ながら不思議に思うぐらい、僕は「わからない」人に戻っていった。


そういう時期を経て、今の僕は、だいぶ謙虚になったと思う。

自分がわかったと思った感覚のほとんどが偽物であり、また、ある程度「わかった」状態の先には、もっともっと「わからない」ことが転がっていると気づいたから。

ベタなたとえでいえば、「初心者の山登り」みたいなものだ。
まるで、自分が汗水たらしてたどりついた頂上から、もっと高い山の頂が見えた感じ。


だから僕は、これからも新たな山の頂を目指して、謙虚に登り続けるだろう。
それは正直しんどいことだけど、同時にワクワクすることでもある。

今より高いところに登ったとき、いったい何が見えるのか、僕は今から楽しみにしている。
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by aru-henshusha | 2008-06-09 01:13 | 不定期なヒトリゴト。