言葉は、どこまでもタダである。<ヒトリゴト。11>
2005年 06月 19日
「反省している」「僕は嘘はつかない」「あなたを愛している」
これらの言葉が、嘘であろうか真であろうが、タダである。
だから、人は言葉を大安売りする。
たとえ、心からそんなことを思っていなくても、あるいは後々その言葉を全否定するようなことになってもだ。
言葉と行動は、多くの人にとっては、それぞれ単品である。
もしも、それが「バリューセット」のように切っても切り離せないものであったら、人々はもっと言葉を慎むだろう。
「信」という字は、「人の言葉」と書く。
けれど、「信じる」に値する言葉をしゃべる人が、この世の中に何人いるだろう。
言葉は、どこまでもタダである。
何の実体もないものを信じるのは、危険なギャンブルに等しい。
その安っぽい言葉を、今まで何度信じてきたか。
その安っぽい言葉に、何度僕の心を賭けてきたか。
言葉を信じることに疲れきった僕は、こうして自分の言葉を記すことさえ、今はもう億劫だ。

