誰かのために生きていても、お前のために生きているわけじゃない。(ヒトリゴト。18)
2005年 11月 06日
何より自分が大事だし、まわりの人にたいしても、けっこう冷たい。
だけど、べつに四六時中、自分の利益だけを追求しているわけじゃない。
こんな僕でも、誰かのために考えたり、動いたり、悩んだりするときがある。
いまの仕事にしても、誰かのために頑張っている部分は大きい。
それは、読者だったり、著者だったり、あるいは会社の仲間だったり。
もちろん、最終的には自分のためなんだけど、それだけで動いていない部分もある。
ただ純粋に、誰かのために、よけいに汗を流している。
だからといって、その「誰か」は、べつに「誰でも」いいわけじゃない。
うまくは言えないけれど、あの人のためなら、という基準は僕の中にある。
最近、仕事でもプライベートでも、「僕の(私の)ために」何かをしてくれという人によく会う。
でも、その中には、「(失礼だけど)何であなたのために?」と思わせる人もいる。
あなたのために何かしたいと思うほど、僕はあなたのことを知らない。
あなたのために何かしたいと思うほど、僕はあなたの理解者ではない。
あなたのために何かしたいと思うほど、僕はあなたのことを好きではない。
こんなこと、わざわざ口に出さないでも、気づいてほしい。
人は何でも一人でできるわけじゃないし、誰かの手を煩わすことなく生きていくのは不可能だ。
だから、誰もが誰かのために生きている。
けれど、僕は決して、お前のために生きているわけじゃない。
お前に利用されるために、ここまで生きてきたわけじゃない。

