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ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

夏の文庫キャンペーン、キャッチコピーだけ見たら新潮社のひとり勝ちだ!

同業者の端くれとして、非常に興味深い記事。

2006年「新潮文庫の100冊VS.ナツイチVS.発見。角川文庫」(カンガルーは荒野を夢見る)

なかでも一番気になったのが、夏の文庫キャンペーンを行なってる
3社(新潮:新、集英社:ナ、角川:角)のラインナップで、
共通している作品のキャッチコピーを明記した部分。

これって、3社(あるいは2社)の編集者の
コピー力」を見比べるいい資料になるわけですよ。

論より証拠で、実例を一部引用します。


 太宰治「人間失格」 新ナ角(角川のみ「人間失格・桜桃」)
  新:この主人公は自分だ、と思う人とそうでない人に、日本人は二分される。
  ナ:生命の淵に追いつめられた太宰の、これは自伝であり遺書であった。
  角:世代を超えて読みつがれる、太宰の自伝的小説

 夏目漱石「こころ」 新ナ角
  新:友情と恋の、どちらかを選ばなくてはならなくなったら、どうしますか…
  ナ:親友を裏切って得た愛の結末は!?人間の心の葛藤を深く鋭く描く。
  角:自我の奥深くに巣くっているエゴイズムと罪の意識を追究

 芥川龍之介「羅生門・鼻」 新角(角川のみ「羅生門・鼻・芋粥」)

  新:ワルに生きるか、飢え死にするかニキビ面の若者は考えた…
  角:「今昔物語」が題材の表題作ほか初期短編集

 太宰治「走れメロス」 新角
  新:友情を、青春を、愛を描く。太宰は、21世紀を生きる僕たちの心に迫る。
  角:信頼と友情の尊さ、人間の美しさを描く短編

 夏目漱石「坊っちゃん」 新角
  新:「金八先生」よりカッコいい。昔はこんな人、いたんだなあ…
  角:江戸っ子坊っちゃんが四国・松山で大暴れする痛快ストーリー

 フランツ・カフカ「変身」 新角

  新:読み始めてすぐに「何故だ?」と思い、読み終えて直後に「何故だ!」と叫ぶ。
  角:非現実的な物語でリアルな悲哀を表現

 ルイス・キャロル「不思議の国のアリス」  新ナ(ナツイチは「ふしぎの国のアリス」)
  新:日常生活から逃げたいと願っているあなた、いつか、アリスになれるかも。
  ナ:あなたもこの夏休み、アリスとふしぎの国で遊んでみませんか?

 シェイクスピア「ロミオとジュリエット」 新角(角川は「新訳 ロミオとジュリエット」)

  新:13歳のジュリエットは、悲劇の恋から一歩も引こうとしませんでした。
  角:時代を超えて人々に愛される、悲恋の物語


これを見て、だれでもまず気づくと思われるのが「角川のそっけなさ」。
あえて厳しい言い方をしますが、これは「コピー以前」の代物だと思います。

「人間失格」が<世代を超えて読みつがれる、太宰の自伝的小説>であり、
「羅生門・鼻」が<「今昔物語」が題材の表題作ほか初期短編集>である
ことは間違いないけれど、それってただの「事実」じゃないですか。

コピーと内容紹介は違うのでは? それともこの直球ぶりが角川の伝統なんでしょうか?

こういうストレートなのがいい、という人もいるかもしれませんが、
同業者としてはもうすこし「腕」を見せてもらいかった。


つぎに、集英社のコピーに注目します。

角川よりは言葉を躍らせようとしているのはわかりますが、
いまひとつ「ジャンプ力が足りない」ように感じます。

これは新潮社のコピーと比べてみると、より際立ちます。

 太宰治「人間失格」 
  新:この主人公は自分だ、と思う人とそうでない人に、日本人は二分される。
  ナ:生命の淵に追いつめられた太宰の、これは自伝であり遺書であった。

 夏目漱石「こころ」 
  新:友情と恋の、どちらかを選ばなくてはならなくなったら、どうしますか…
  ナ:親友を裏切って得た愛の結末は!?人間の心の葛藤を深く鋭く描く。

集英社のコピーが、「作品の内側」でピョンピョン跳ねているのをよそ目に、
新潮社のコピーは「読者の側」までロングジャンプをかましてくれました。

<この主人公は自分だ、と思う人とそうでない人に、日本人は二分される。>

という強引なまでの言い切りは、読者を一瞬で巻き込みます。

たとえ「人間失格」を知らなかった読者も、このコピーを見た瞬間、
否が応でも「自分はどちら側なのか」考えさせる力がある。

「こころ」のコピーにしても同様のことが言えます。

新潮社のコピー(言葉)は、作品と読者の距離を縮めるという意味で、
(それなりにベタなのですが)よく練られています。


以上のような理由で、夏の文庫キャンペーン、コピーだけ見たら
新潮社のひとり勝ち」だと僕は思いました。

もちろん、オレは角川のコピーのほうが好きだとか、
私は集英社のほうがしっくりくる、という人もいるでしょう。

そこに、僕の好みをおしつける気はありません。

ただ、こうやって各社のキャッチコピーを比較してみるのも、
読書を楽しむ方法の一つではないでしょうか。
by aru-henshusha | 2006-08-11 21:10 | 本・出版