「週刊東洋経済」に学ぶ、身もふたもないコピーの作り方。
2006年 09月 02日
東経の人、もし見てても、怒らずに最後まで読んでください。
さて、本題。「編集会議」の10月号に、<編集長「私のコピー発想法」>という記事があり、
「週刊東洋経済」のこの号のコピーが取り上げられていました。
週刊東洋経済 2006年5月27日号
(メインコピー)
親にかかるお金
「介護」その時に、いくら必要か
このコピーは編集長発案のようですが、これに対して副編集長が、
「お金と言われて親はどう思うか、取材者に申し訳が立たない」と、
(代案)
改正介護法の悲劇
を提案したのだとか。
ここで、両者を見比べてほしいのですが、後者のコピーは、
少なくとも「売れるコピー」ではありません。
なぜなら、「改正介護法の悲劇」と読者には、<距離>がありすぎるから。
私事ですが、かつて母親が倒れ、親の介護を本気で考えたことがあります。
そのとき、僕が気になったのは、
・介護にはいくらかかるのか?
・自分はどの程度、介護を手伝えばいいのか?
・会社に勤めながら、しかも独り暮らしで親の介護なんてできるのか?
の3点でした。
そう、「親にかかるお金」は、当時、僕の頭を占めていた問題のひとつです。
「親にかかるお金」という物言いは、たしかに実もふたもない表現です。
でも、だからこそ、ふつうの読者に届きやすい。
ふつうの読者の心や、使う言葉に<距離>が近いのです。
自分が単行本をつくるにあたってもよく考えますが、
どんなにいい内容の本でも、読者に届かなければ意味がありません。
そして、読者に届けるためには、「流通」とか「広告」以前に、
タイトル・コピーといった<言葉が届く>ことも重要です。
そのためには、あえて「身もふたもない」言い方をすることも必要だと、
「週刊東洋経済」のコピーは教えてくれました。
なお、余談ですが、このコピー、親の介護問題で悩んでいた当時の自分なら、
親にかかるカネ・手間・時間
とつけるように思います。
身もふたもないどころかエゲツナイですが、
当時の自分には、ずばり届いたコピーでしょう。

