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ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

あなたの「ミッション」は、何ですか?<ヒトリゴト。2>

いま僕は、とある営業コンサルタントの方の本を作っている。
先日、その方と打ち合わせをしたとき、「ミッション」の話になった。

最近の企業は「ミッション」というものを掲げていることが多い。
直訳すると「使命」だが、「企業理念」と言っても間違いではなかろう。
(たとえば、マイクロソフトの「ミッション」はこれである)

そのコンサルタントさんは、企業にとって「ミッション」はとても大事だと言っていた。
話の大意をまとめれば、「ミッション」がない企業は、「何をやりたいか、そのために何をするのか」が共有できず、ことあるごとに判断がぶれるし、会社としての強みがないということだ。

その話を聞いているうちに、企業だけではなく人間にも、「ミッション」は必要ではないかと、僕は思った。
同時に、自分の「ミッション」は何かということを考えてみた。
で、以下にその結論を記す。
すなわち、僕の「ミッション」は、「僕自身がめいっぱい幸せになること」である。

これを見て、「おいおい、それは違うんでないの?」と思った人も多かろう。
お前は、そんなに<>のことしか考えていないのか、とお怒りの方もいるかもしれぬ。
でも、誤解を恐れずに言えば、僕自身が幸せになることは、ごく少数だが、他人をも幸せにすることなのだ。

世の中に、僕の幸せを、本当に心から喜んでくれると確約できる人が、二人だけいる。
それは、僕の母親であり、僕の彼女である。(なお、僕の父はすでに亡くなっている)
この二人は、一緒に過ごした年数は違うけれど、ともに僕の人生をどんなときでも見続けてきた人たちだ。
僕がくじけそうなときは叱咤激励し、僕がつらいときは陰で支え、僕にうれしいことがあったときは僕以上に喜んだ。

世間には、僕が幸せになることを、妬む人もいれば、快く思わない人だっている。
(それは仕方のないことである。僕だって、誰かにそういう気持ちを抱くことがあろう)
でも、母と彼女だけは、その限りではない。僕の幸せは、二人の幸せである。

ならば、まずこの二人を幸せにしないで、何が「ミッション」だろう。
いや、そんな堅苦しい言葉はどうでもいい。
自分が幸せになることで、二人も人を幸せにできるのなら、それで十分ではないか。

「世界中の人を幸せにしたい」とか、「平和な世の中を実現したい」というような大きな「ミッション」を持つことも大事である。
けれども、ひたすらその大望に尽力することが、個人として幸せであるかは別の話だ。
自分の器を見誤ったあげく、力のなさを痛感しながら死んでいくとしたら、一人の人間としてそれは不幸であろう。

僕は自分が死ぬときに、「色々あったけど、幸せだった」と思いたい。
また、僕がそういうふうに生きられたとしたら、彼女たちも少しは安心するだろう。
べつに、自分の幸せのために、人様に迷惑をかける気はさらさらない。
仕事であれ何であれ、後悔の残らぬよう、精一杯がんばるだけの話である。

ところで、あなたの「ミッション」は何ですか?

追記
ちなみに、実際の経営者さんでも「ミッション」の重要性を説く人は多いようです。
たとえば、こちらの記事を参照。

ミッション・経営理念

それにしても、久々に「ヒトリゴト」を書いたので緊張しました。
ゆるい文章ばっかり書いていると、おとろえますね。
by aru-henshusha | 2005-01-30 00:20 | 不定期なヒトリゴト。