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ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

読者が求めるのは、「情報量」か? 「読みやすさ」か? 「スピード」か?

まあ、最終的には、そのすべてだと思うんだけどね。

バラエティ化する新書(池田信夫 blog)
新書ブームになってから、座談会や対談、語り下ろしというのが増え、しかもそれがベストセラーになる。『バカの壁』も『国家の品格』も語り下ろしである。これは本が作品ではなく消耗品になってきたことを示すのだろう。

最近では、中沢新一・太田光『憲法九条を世界遺産に』(集英社新書)がベストセラーだが、これは今年のワースト3ぐらいに入る意味不明の本だ。今月も、手嶋龍一・佐藤優『インテリジェンス武器なき戦争』(幻冬舎新書)、梅田望夫・平野啓一郎『ウェブ人間論』(新潮新書)というのが出た。それぞれ単独の著者としては悪くないのに、おしゃべりになると緊張感がなくなり、情報量が格段に落ちる。
(中略)
バラエティのように楽に読める本を読者が求めるのなら、それを供給するのは営業的には当然だが、こういう安易な企画で読者をバカにしていると、そのうちしっぺ返しを食うだろう。
著者にインタビューをして、そこにライター(or担当編集)が手を入れ、一冊の本にまとめ上げるという仕事を経験するとよくわかるが、「書くように、話せる人」は本当に少ない。

多くの場合は、同じ話を繰り返したり、論理構成が甘かったり、勘違いをそのまま流して適当なところに落ち着かせたりしていて、それをいくらまとめ上げても、<薄さ>がにじみ出てしまう。


それでも語りおろしや対談本が量産されるのには、読者が求めるものを、それらの形式の本が与えられるからだろう。

僕がパッと思いつくのは、記事の見出しにも書いたように、「読みやすさ」と「スピード」である。


僕が主に作っているビジネス書の分野では、<グッドスピーカー>は多いけど、<グッドライター>は少ない。

セミナーなどで、自分の知識・ノウハウを語るのには長けてても、それを文章にしようとすると、急に筆がとまるという著者が多いのだ。

そういう場合はライター、あるいは担当編集者という「文章のプロ」(と言ってしまおう)が大胆に手を入れたほうが、読者にとってストレスなく読める文章ができあがる。

むろん、その過程で内容が多少薄まるリスクを知りつつ、読者にとってはどちらが有益かを考えてのことだ。


もう一つの「スピード」は、新書ではとくに求められているように感じる。

いま話題になっているテーマを、大雑把でいいからわかりやすく解説している、そんな本をいち早く(できれば手ごろな値段で)読みたい。

そういうニーズにこたえるためには、「いつになったら書き出すかもわからない著者」の原稿を待ってる余裕がない。
だから、語りおろしとか対談本といった<急ぎ働き>の必要がある。


もちろん、「読みやすさ」と「スピード」だけを追い求めるのが、出版社の存在意義ではなかろう。

けれど、そういうものを求める読者がいるかぎり、どこかが、誰かが、そういった本を作っていく必要はあると思う。



僕自身のホンネを言えば、「書く著者」(って言い方へンだけど)のほうが好きだ。

たとえ文章が下手だろうと、原稿書くのに時間がかかろうと、自分のもってるものを、これでもか、これでもかと原稿にぶつけてくる。

その原稿を読み込んで、ときには削ってもらって、あるいは加えてもらって、意見が合わずにケンカして、でも読者が求めているものはこれなんですよって言ったりして。

そうやって、本気でぶつかれる著者のほうが僕は好きだけど、そうして作った本が売れるかどうかはまた別問題。


だからこそ、「いま読者が本当に求めてるのはなんだろう?」と日夜考える。
バラエティ化した新書>も、多くの編集者がそう悩んだ結果に生まれたものだと僕は思う。
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by aru-henshusha | 2006-12-14 14:35 | 本・出版