いま編集者に求められているのは、「ダウンロードできないもの」を作ることなのかもしれない。
2007年 06月 11日
(ほぼ日刊イトイ新聞 - 上がりたかったんだ。E.YAZAWAの就職論)
糸井 たとえば10年前、最初に言っておくと、僕は年のわりには(っていうほど若くもないけれど)、「古臭い編集者」なんですよ。
矢沢永吉はどんなふうに考えてたの?
いろんなものの価値観が
がらっと変わりそうだなっていうときに。
矢沢 ひとつだけわかったことはね、
この激動の時代の中でね、
ダウンロードできないものを
作らないといけないと思ったの。
糸井 ははぁー。
矢沢 ダウンロードできないものしか
残れないってわかったの。
だってものすごい勢いでさ、
すべてがダウンロードできる時代じゃない。
糸井 つまり、デジタルコピーのことですよね。
矢沢 そういうことです。
ダウンロード、デジタルコピー。
時代がそういうふうに動いていくときに、
どっちかだろうと思ったのよ。
ダウンロードできないものか、
逆に、とことんダウンロードできるものか、
どっちかだと思った。
真ん中じゃもうダメだと思ったね。
だから、ここで永ちゃん(としか呼びようがない……)が言った「ダウンロードできないもの」っていう言葉が、本当にうれしくて。
もちろん、出版業界のことを考えたら、電子書籍だの、ウェブで読む雑誌だの、携帯用コンテンツだの、オーディオブックだの、「激動の時代を生き抜くための武器」はできるだけ用意したほうがいいと思う。
でも、それらとは別に、「ダウンロードできないもの」を作り続けることも必要じゃないのかな。
じゃあ、出版における「ダウンロードできないもの」ってなんだよ?
って言われたら、それはまさしく、いままで作ってきた「本」じゃないかと僕は答える。
文字情報自体はダウンロードできるけど、本の重さとか、紙の質感とか、手で読む喜びとか、そういうものは、まだまだ紙の本にしかない。
「とことんダウンロードできるもの」をつくりたい人は、どんどん<そちら側>に行けばいいじゃない。
僕はこの業界にいる限りは、ずっと<こちら側>にいる。
本づくりは奥が深い。<こちら側>だけでも見えてない部分、やりのこしてる部分は、たくさんある。

