「自分が読みたい本」を作るのか? 「誰かが読みたい本」を作るのか?
2008年 01月 01日
(ダイヤモンド社編集長・土江英明さん)(中谷彰宏レター)
僕は、本を、読んでくれる人のために、書いています。
編集者は、ある意味、一番最初に読むことになる人です。
そういう意味では、編集者のために書いているという要素も、大きい。
『なぜあの人は人前で話すのがうまいのか』(ダイヤモンド社)は、
土江英明編集長のために書いた本です。
「こういうのを、読んで勉強してね」ではなくて、
「中谷さん、私のために、こういう本を書いてください」
と言えるところが、土江さんの類まれなる才能です。
土江さんは、どんどん偉くなって、人前で話す機会が増えているのに、
人前で話すのが苦手だと、自分で思っています。
「こういうのを作ると、売れるから」
「世の中の人が、こんなことができない人が多いから」
という動機で作られる本より、
土江さんのように、「すいません。私が読むために」
という本の作り方が、好きです。
僕自身、「自分が読みたい本」を作る、という本の作り方のほうが好きです。
これは、「面白い」だけの本も、「売れる」だけの本も、僕は作りたくはない。という記事に書いたことにも通じます。
自分が面白いと思えるから、あるいは自分にとって必要だから……
そこから出発したほうが、僕にとっては「作りたい本のイメージ」がハッキリして、いい結果になることが多いです。
ただし、本作りにおいて、それだけが「正解」だという気は、もちろんありません。
自分ではない誰か、のために本を作って、それで売れることもあります。
また、「誰か」のために本を作ることができなければ、作る本のジャンルがかなり狭まってしまう
こともありえます。
仮に、「投資」分野に強い関心を抱いている編集者がいたとしても、会社としては毎回そのジャンルの本ばかり作らせるわけにはいかない、なんてケースもあるでしょう。
編集者を長く続けるには、どちらの作り方でも、うまく本を作れるに越したことはないと思います。
*「誰かが読みたい本」ばかり作るのも、シンドイでしょうし……
同時に、「自分が読みたい本」を作り続けたいなら、「自分が読みたいこと」の範囲をジワジワ広げていくことも必要なんでしょうね。

