多く売れるのが幸せか? 長く売れるのが幸せか?
2008年 02月 02日

『漫画ノート』
じつは、この本に関する裏話を、少しだけ僕は知っています。
といっても、この本の関係者なわけではありません。
以前、著者のいしかわじゅんさんのトークイベントに行ったとき、ご本人がこの本の誕生秘話を明かしていたのです。
この本は、かつて、いしかわさんが晶文社から出された、漫画評論、
『漫画の時間』の続編にあたります。
しかし、詳しい経緯は省きますが、この本自体は違う出版社で出そうということになりました。
そこで手を挙げたのが、今回実際に本を出したバジリコと、他のA社・B社です。
(*注 3社とも、以前いしかわさんと仕事をされた編集者が在籍しています)
同業者として正直に言えば、他の2社はバジリコと比べ物にならないくらいの、超大手です。
営業力・宣伝力、あるいは初版部数から何から各種条件を含めて、
圧倒的にバジリコより「販売力」がある会社でしょう。
でも、いしかわさんは最終的にバジリコで本を出すことを選んだ。
その理由を彼はこう語っていました。
「3社の中で、バジリコの編集者が、一番長くこの本を売るって言ってくれたから」
この言葉、少し説明が必要かもしれません。
大手の出版社になると、一年に発行する本は数百点、多いところでは千点を超えます。
当然、それらの本の在庫すべてを、いつまでも倉庫で保管できるわけではありません。
売れない本から頃合を見て絶版にする、つまり二度と書店に並ばなくなるわけです。
もちろん、ある程度売れる本であれば、適宜増刷をかけて、売り延ばすこともできるでしょう。
しかし、大手出版社の場合は文庫を持っているところが多く、
3年もすれば、単行本から文庫に衣替えする本が少なくないはずです。
また、点数を多く出している限り、「残す本」の基準は多少シビアになるのではないかと思います。
一方、一年に発行する点数が少ない出版社は、その会社の体力・状況にもよりますが、
比較的、一点一点の本を長く売ることができます。
(会社によっては、<自社の出版物を絶版にしない>とさえ明言しています)
大手と違って、「短期間でどんどん刷って大ベストセラーに」とはいかないかもしれませんが、
そのぶん、一冊の本を「ロングセラー」にできる可能性があるのです。
多く売れるのが幸せか、長く売れるのが幸せかは、著者それぞれで違うでしょう。
僕が仕事をするビジネス系の著者には、
「べつに長く売れなくてもいいから、そのぶん初版をドーンと刷ってよ」
という人も多いです(うちみたいな弱小出版社ではその要望に応えかねることも多いですが)。
普段そういう人と付き合っているからか、いしかわさんの言葉は、僕にはとても新鮮でした。
べつに、著者として、どちらのスタンスがいいかとかではなくて、
ああ、そういうスタンスもあるよなぁ、と改めて思えた話でした。
先日いただいたこの本は、お世辞ではなく長く売れ続けると思います。
そういう本を書いた著者も、つくった編集者も、出した出版社も、読む僕たちも、
きっと幸せな気持ちになれる一冊です。