会社にも、業界にも、きっと「異端児」が必要だ。
2008年 03月 10日
【HR】 ファンクラブになる(MORI LOG ACADEMY)
出版社の最大の弱点は、本が嫌いな人間が内部にいないことだ、と以前に書いた。これは、出版社に限ったことではない。おもちゃの業界もそうだし、映画やアニメの業界もそうだと思う。TVだって、大学だって、ほぼ同じだ。第一世代は、いろいろな人間がいたはずなのに、その組織が安定期に入ると、その仕事に憧れた人間しか入れないようになる。自分の好きな仕事をしたいと考えるのが自然だし、また就職の面接でも、どれだけその仕事がやりたいのかを問う。だから、当然仲間が集まる。リンク先では「業界」についての話が主だと思いますが、僕は「会社」レベルでも同じことが言えると思います。
これはつまり「ファンクラブ」みたいなものだと考えて良い。出版業界は、出版ファンクラブの会員が牛耳っているし、TV業界は、TVファンクラブの会員が企画運営しているのだ。
さらに、ユーザの声を聞くといいながら、積極的に反応するような関心のある人の意見だけを集める傾向にある。そういうファン予備軍に応える方向へ進むから、どんどん「好きな人たちが好きなもの」ばかりになっていく。「好きさ」では洗練されるが、嫌いな人間に見向きもされないため、シェアは広がらない。
そして、ときどき僕みたいな異端児が飛び込んできて、「何なんだ、この集団は?」と気づくわけである。
たとえばA社という会社が、自社の社風やら商品が好きな人・合う人だけを採用し続けたとします。
その会社は、いわば「A社ファンクラブ」となって、結束は強くなるし、「A社らしい商品」がどんどんリリースされることでしょう。
それで、うまくいく間はいいのです。
「A社の中にいる人」だけでなく、「A社の外にいる人(=ユーザー)」も、「A社らしい商品」に価値を見出しているうちは。
けれど、ユーザーは、いつまでもA社の「ファン」とは限りません。
ライバル会社のB社に心を奪われることもあるし、新興のC社の商品に乗り換えることだってある。
そのとき、「A社ファンクラブ」の面々が、ずっと「A社ラブ」の姿勢を変えないとしたら……
(実際には、「ファンクラブ」である限り、変わる可能性はほとんどないのですが)
僕は、そういうときこそ「異端児」が必要なのだと思います。
「中にいる人」とは違う価値観を持ち、「ファンクラブ」に変化をもたらす人がいなければ、その会社はどんどん先細りしてしまう。
そのためには、会社の外部から、違う価値観をもつ人間を中に入れたり、交流させたりするべきでしょう。
といっても、すべてを「異端児」の言うとおりにする必要はありません。
A社の商品から、「A社らしさ」がまったく失われるとしたら、その会社が存在する意味はなくなります。
「らしさ」を残しつつも変化していく、そのキッカケになるのが異端児という存在なのだと思います。

