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ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

カテゴリ:本・出版( 756 )

*この記事には、書籍『最後の授業』の内容に深く関係した記述が含まれます。同書をまだ読んでいない方は、その点、ご注意ください。

あなたはなぜ、編集者になったのですか?

ときどき、初対面の人から、こういう質問を受けることがある。

この質問に正確に答えるのは難しい。

なぜなら、それは一言で片付けられるほど簡単な話ではなく、自分でも数え切れないほどの理由や偶然が重なった結果だから。


けれど、そう質問した人は、たいてい単純な答を期待しているものだ。

だから、僕はこう答える。

僕の親父も、昔、編集者だったんです


僕の父親は、たしかに編集者だった。

だった、と書いた理由は二つあって、一つは彼がとっくに編集者を辞めているから。
もう一つは、彼がとっくに、この世を去ってしまったから。


ここにも何度か書いているけれど、僕が物心つかないうちに、父と母は別れた。
僕は母に引き取られ、初めて父に再会したのは、小学校高学年のときだったと思う。

彼が「編集者」という仕事をしていたことは、すでに母から聞いていた。
(実際には、当時すでに父は体を壊していて、職を辞していたと思うが)

けれど、それがどういう仕事なのか、僕にはほとんど見当がつかなかった。


「編集者」という仕事の一端を垣間見たのは、僕が高校生のときだ。

僕は当時、何の因果か、父方の祖母が主宰する同人誌に、ときおり駄文を寄せていた。

ある日、その原稿に父が赤字を入れたものが、返信されてきた。
僕のつまらない誤字脱字や、助詞の誤用を、父は赤ペンで丁寧に直してきた。


これが「校正」っていうやつか。

僕はそのとき、編集者の仕事を何となく理解した気になった。
同時に、父との間に、少しだけ「つながり」ができたことが、正直、嬉しかった。


『最後の授業』を読んで思い出した、僕の父の「最後の授業」。_c0016141_2423517.jpgこんな話を今になって書いたのは、『最後の授業』という本を最近読んで、そのことを思い出したからだ。

ガンで余命半年と宣告されたランディ・パウシュ教授が、カーネギーメロン大学の講堂で行なった「最後の授業」をまとめた本書は、同時に「父から子へのメッセージ」でもある。

『子供のころからの夢を本当に実現するために』という授業のテーマは、彼が三人の子供たちに残した、最後の贈り物だ。
彼が消えても、この授業の記録は、本や動画として永遠に残る。

皮肉ではなく、その機会が生前の彼に訪れたことは、喜ぶべきことかもしれない。
人によっては、子供たちに何を残すかじっくり考える前に、この世を去らなければいけない場合もあるのだから。


思えば、父の赤字も、僕にとっては一種の「最後の授業」であった。

その後(いや、その前も)、彼から何かを教わった覚えがない。
父がその生涯で僕に教えてくれたことは、赤字の入れ方だけである。

僕にとって、父は(たとえそのとき、もう本を作れない体になっていても)、一編集者として死んだ。

そして、あの原稿だけが残った。


今も、原稿やゲラに赤字を入れていると、ときおり父のことを考える。

色々あって、本当に色々あって、僕は彼と同じ仕事を選んだ。

彼はどんな気持ちで、普段、赤字を入れていたのだろう。
どんな気持ちで、僕の原稿に赤字を入れたのだろう。

答を知る術はもはやないけれど、僕は父と同じ仕事について、少しだけ、彼の気持ちがわかった気がする。

それだけで、僕はこの仕事を選んでよかったと思っている。


最後に、先日、以下の記事を通じて、ランディ・パウシュ教授の訃報を知った。

【訃報】ランディ・パウシュ教授、永眠。享年47歳

一読者として、そして若くして父を失った者として、心から彼のご冥福を祈る。

なお、本書についての、「より感想らしい感想」が知りたい方は、これらの記事を参照してほしい。
小飼氏がいうように、動画から見るほうがおすすめである。

「最初の講義」 - 書評 - 最後の授業【感動!】「最後の授業」ランディ・パウシュ【全米が泣いた!】最後の授業 ぼくの命があるうちに 動画編
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by aru-henshusha | 2008-07-30 02:52 | 本・出版
仕事の壁は、やっぱり仕事でしか破れない。_c0016141_1182362.jpg仕事の壁は、やっぱり仕事でしか破れない。_c0016141_1183898.jpg
コネタを一個はさんで、また献本の感想です。今回は珍しく2冊一緒に。

左:『人生を決めた15分 創造の1/10000
右:『失敗なんて気にするな!―ビジネスに効く39の言玉

2冊一緒に紹介するのは、手抜きしたいとか、眠いからという理由ではありません(実際、眠い時間帯ではあるのですが……)

これらの本は、違う版元から同時期に送られてきたのですが、実は一箇所、同じようなことを書いているところがあるんですよね。

かたや工業デザイナー、かたや中国算命学研究家と、バックボーンが全然違うはずなのに、一緒のことを言っている。

それって、大げさに言えば、万人に通じる「真理」みたいな話なのかなと思ったので、ここにあわせて取り上げます。
「壁にぶつかった時」のことだが、僕は「仕事の壁は仕事で破る」をモットーにしている。
人によっては、うまく行かない時は無理をせず、気分転換をしたり、他のことをしたりする方が良い結果を生むかもしれない。だが僕は、それよりもがむしゃらに障害に突き進んでいく方が気分がいい。問題から離れて休もうとしたりリフレッシュしようとすると、僕の場合はかえってその問題が頭にこびりついてしまい、八方ふさがりになるからだ。そんなことになるくらいだったら、泥にまみれて七転八倒し、苦しみ抜いて戦った方がよほど気が楽だ。(『人生を決めた15分 創造の1/10000』20ページ)

(休みの日にパチンコばかりしてしまうのが悩みの大工のFさんに対して)Fさんはまだ親方から一人前と認められず、与えられた作業を何となくこなしていて、仕事上の感動や手応えを味わっていないのではないですか?
現状の仕事内容が将来にどうつながっていくのかが見えず、不安定な状態にあるようにも感じられます。

仕事上の不満足は、仕事で解消する
しかありません。(『失敗なんて気にするな!―ビジネスに効く39の言玉』133ページ)
僕自身、売れない本を続けて作ったり、どうにもうまく進まない仕事を抱えているときに、「壁」を感じます。

そんなとき、気晴らしに友達と飲み明かしたり、思いっきり買い物をしたりすることもありますが、結局、一時的な気分転換にしかならないんですよね。
暗いことを言うようですが、家に帰って一人になったとたん、いつのまにかまた仕事のことを考えている。

人によりけりでしょうが、少なくとも僕の場合、仕事の壁は、目覚しい成果や、懸案事項の解消があって、初めて破ることができるものだと思っています。

もちろん、壁を破るまではしんどいですが、多くの人にとって、

「壁にぶち当たる→がんばって壁をぶち破る→また壁にぶち当たる」

を繰り返すことで成長できるものだと思うので、「成長街道の関所」的なものだととらえて、がんばればよいのではないかと。


また、このとき、壁を破ろうと思ってがむしゃらになりすぎるのも逆効果かもしれません。

僕自身は、うまくいかないときほど淡々と仕事をこなすようにしています。
うまくいかないときに一発逆転を狙うと、かえってドツボにはまったりするものですし。

(そこらへんの考え方については、『勝負に強い人がやっていること』という本にくわしく書かれていたかと思います。会社におきっぱなので引用できませんが、良書です)


最後にいただいたご本それぞれに、簡単なコメントを。

人生を決めた15分 創造の1/10000』は、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」にも出たことのあるデザイナーの仕事術の本。
たぶんフェラーリを意識したのであろうブックデザインや、中に収められた著者直筆のスケッチの美しさが際立つ一冊です。

失敗なんて気にするな!―ビジネスに効く39の言玉』は、中国算命学研究家がビジネスパーソンの悩みをQ&A形式で答えていく形式の一冊。
著者のキャラが珍しいので、それが回答にもっと色濃く出てればよかったかなと思います。
(最近のビジネス書は、何を言うかより誰が言うかが大事になってきているので。まあ昔からそうかもしれませんが……)

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by aru-henshusha | 2008-06-23 02:14 | 本・出版
『凶暴両親』は、それこそ、もっと「凶暴」に書くべき本だったかもしれない。_c0016141_22374915.jpg普通のネタも書きたいのですが、献本がたまってるので、そちらの感想を先に。
ここで取り上げるのは、担当編集の方からいただいた、

凶暴両親

この本の感想、正直、書くのが難しいです。

別に悪い本だとは思わないんですよ。
いわゆる「モンスターペアレント」の実像に迫るため、各種の事件や関連図書を調べ、教育関係者への取材もしているし、わりと丁寧な作り方の「良書」だと思います。

しかし、その「優等生」っぷりが、かえって本としては「弱い」とか、「まわりくどい」印象を与えてしまうような気がします。


たとえば、本書の第1章では、映画の「誰も知らない」、2006年に起きた秋田連続児童殺害事件、その他の児童虐待事件、亀田史郎の『闘育論』とその極端な教育法などについて、30ページ以上がえんえん割かれています。

けれど、これらはあくまで親のネグレクトや過保護・過干渉の例であって、「モンスターペアレント」を語る「前フリ」に過ぎないのです。
ネグレクトや過保護・過干渉であれば「ヨソの家のお話」で済ませることだってできなくはなかった。ところが、彼ら、凶暴化した保護者が、人々の暮らす地域社会においても、自らの権利を声高に主張し始めた。もはや、一部の保護者の権利意識の肥大化は「ヨソの家のお話」では済まされない状況になっているというのだ。
その最たる例として取り上げられるのが「モンスターペアレント」だ。(同書41ページ
そう、モンスターペアレントのお話は、ここからようやく始まります。

モンスターペアレントについて語る前に、保護者がさまざまな意味で「凶暴化」していることを示そう、というのは編集者と著者の考える誠実さなのでしょう。
同業者として、その誠実さには頭が下がります。

しかし、一読者として本書を読んだとき、その誠実さは、かえって、まわりくどく感じました。

作り手の意図をある程度くんでいる(つもりの)僕がそう思うなら、書店で本書を手に取った人はその何倍もそう思うのではないかと思われます。

今流行のモンスターペアレントについて知りたい、と軽い気持ちでこの本を手に取り、店頭でパラパラと立ち読みする読者からしたら、40ページ近くも「本題」に入らない本書のつくりは、あまり歓迎されないのではいでしょうか?


あくまでセールス面だけを見て言いますが、僕はこの本はもっと「凶暴」に(というか「乱暴」に)書いたほうがよかったと思います。

話を周辺から丁寧に書き起こすより、もっと本題に単刀直入に切り込み、多少粗い構成であっても、「凶暴両親」によりフォーカスして書いたほうが、読者の欲求により応えるつくりになったはず。

むろん、そういうつくりを避けたからこそこういう本になったのでしょうが、それは手軽にトレンドをおさえることが第一目的になりつつある「新書」という媒体にそぐうものだったのかどうか、疑問が残ります。

「良書」であるからこそ、つくりしだいでもっと多くの読者に読まれるのではないかと思い、こういう感想になりました。関係者の方、ご容赦を。
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by aru-henshusha | 2008-06-22 23:31 | 本・出版
「いい大学」を出ても「いい編集者」になるとは限らない。それでも、「いい大学」を受けたほうがいい理由。_c0016141_1411787.jpg公務員の待遇は、異常なのか? 悲惨なのか?で紹介した本と同じタイミングで、著者から献本いただいたのがこの一冊。

時間と学費をムダにしない大学選び

正直、高校生でも、受験生の親でもない僕にとって、あまり関係のない本かと思ったのだが、「入りたい業界別に大学受験別モデルプラン」を提示するという作りが、雑学的な好奇心を満たすという意味では、なかなか面白かった。

出版界の片隅にいる者として、「マスコミ業界」の章はじっくり読んだのだけど、中でもこの記述は気になった。
マスコミ業界は結果として東京大、京都大、早稲田大、慶応大を中心とする難関大出身者が多数を占めている。なぜか?
まず、どんなお題にも対応できる「優秀な学生」が難関大に多いということだ。難関大の学生は大学入試で難易度の高い問題を解くほどの能力を有しているので、採用後に今まで縁のなかった分野を任されても理解が早い、ということである。
もちろん、中堅以下の大学にもそうした学生はいる。しかしそれは少数派。さらにどういうわけか、難関大の学生のほうがマスコミ業界へのモチベーションが高く、自分からマスコミ就職に向けて動いていける人材が多い。これはマスコミ業界に就職した卒業生の多さが影響している。難関大では「ゼミやサークルの先輩がマスコミ業界にいる」ことが多く、彼ら彼女らの存在から、学生たちは自分の将来像を描きやすい環境にあるといえるのだ。(同書30P)
実際、マスコミ業界には(偏差値が高いという意味での)「いい大学」の卒業生が多い。
僕が勤めている出版社にも、僕の業界の友人にも高学歴の人間がごろごろいる。

ただし、先に言っておくけれど、「いい大学」を出たからといって「いい編集者」になるとは限らない。

仮に「いい編集者の条件」が、売れる本を作ったり、人の心に強く残る記事を書けたりすることだとしたら、それと「いい大学を出たということ」には、たいして関連性はないだろう。

難関大を出ても売れない本を作る人間はごまんといるし、記事の巧拙が偏差値の高低と連動しているとも思えない。


しかし、残念ながら、出版社(あるいはマスコミ各社)への就職を希望するなら、やはり「いい大学」に入るのに越したことはない。
それは、先述したように、採る側(出版社)は既に「いい大学」の人間であふれているから。

たとえば、(あくまで偏差値的に)「いい大学」と「そうでもない大学」の学生二人が、出版社の最終面接に残ったとする。

二人の能力やら人間的魅力にそれほど差がないとして、一人を選ばないといけないとしたら、このとき、「いい大学」出身の面接官(=経営陣)は、あえて「そうでもない大学」の学生を採用するだろうか?

これは推察に過ぎないけれど、やはり「自分たちと同じ、いい大学」出身の学生を選ぶのが人情というものではないか?

とくに、自分自身の学歴に誇りを持っているような人間であったのなら、なおさらである。


最初に書いたように、「いい大学」を出ることが、その人間の編集者としてのポテンシャルを保証するとは、僕には到底思えない。
(これは、他の職種についても同様である)

けれど、それをイコールだと考える人もいるだろうし(そのこと自体は考え方の相違で否定しないけど)、そういう人間が少なくなかったからこそ、出版界・マスコミ業界が「いい大学」出身の人間に席巻されるようになった部分もあるように思う。
*むろん、それ以外に「学閥」やら「人脈」の問題もあるだろうけど

採用側にも受験者側にも「いい大学」があふれる業界で、「そうでもない大学」出身ということはマイナスとまではいわないけど、決してプラスにはならないだろう。


以上の理由から、マスコミ業界を目指すなら、やはり「いい大学」に入るに越したことはない。

とはいえ、そういう僕自身は、じつは「いい大学」出身ではない(今回の本の受験モデルプランにも載っていない三流私大卒である)。

そんな僕が、高学歴の人間がごろごろいる今の会社に入ったいきさつは、かつて出版業界に入りたい人たちへ。という記事に書いた。

けれど、これはこれでかなり厳しい道のりだったから、そういった苦労をしたくないという人のために、今回の記事がある。


最後に、誤解されたくないので付け加えると、僕は「いい大学」を出なかったことも、かなりの「回り道」で出版社に入ったことも、後悔はしていない。

その過程で得たことが、僕のいまの本作りを支えているし、「いい大学」出身の人間が多い業界・会社だからこそ、彼らと違った目線を持っていることが、僕の武器だと思っている。


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by aru-henshusha | 2008-06-16 03:37 | 本・出版
公務員の待遇は、異常なのか? 悲惨なのか?_c0016141_2352097.jpg今回取り上げるのは、知人を通じて著者から献本いただいた本。
(桜の咲く季節にいただいたのに、いまごろの紹介で申し訳ない…)

公務員の異常な世界

この本には、タイトルどおり、公務員の「異常」なまでの厚遇が書かれている。

その厚遇ぶりは、出版社といえども、(やたら給料の高い御三家と違って)しがない中小企業に勤めている僕には、にわかには信じがたいほどである。

公務員の待遇は、異常なのか? 悲惨なのか?_c0016141_23583618.jpgだからこそ僕は、今回あえて、この本と対極にある本を(こちらは自腹で)購入した。
同じく新書で出ている、

実は悲惨な公務員

がその本である。

両書を読み比べて、公務員の待遇は「異常」なのか、思ったよりも「悲惨」なのか、自分なりの結論を出したかったのだ。


で、結論から先に言う。

公務員は、(民間の僕から見ると)やっぱり「異常」である。


ここでは一つだけ例を挙げる。

例が一つでは説得力に欠けるとは思うけれど、両書の一番対照的な面が出ていると思うので、お許しいただきたい。


『公務員の異常な世界』の中に、公務員宿舎の家賃の話が書いてある。

「〇七年に国家公務員宿舎使用料の引き上げがあり、おおむね一番新しい宿舎で標準の六三平米の規格なら、一応都内ではどこでもだいたい四万円という形になります」

これ、めっちゃ安くないですか?
事実、同書には、「都内の単身用の三〇平米未満のマンションの平均家賃」が「九万七五五〇円」と出ているぐらいである。


ところが、『実は悲惨な公務員』では、宿舎の話が「悲惨」なエピソードとして語られている。

同書によれば、公務員宿舎の4割前後が築30年以上のオンボロ物件であり、世間で言われるほど恵まれてはいないのだ、という理屈である。

しかしながら、同書にはそのオンボロ物件に住む公務員のこんな声も紹介されている。

「たしかに四〇平米強、2DKまたは3Kで月二万円しないのならば、どんなにボロくても受けいれなければいけないのでしょうね」

これ、いったいどこが「悲惨」な話なのだろう?


そもそも、宿舎というのは強制的に入らされるものではないはずだ。
二万円の家賃でも我慢できないぐらいボロい物件なら、即座に部屋を出て、「普通の家賃」のマンションに入ればいい話ではないのだろうか?

民間の宿舎とは無縁の中小企業のサラリーマンは、もっと高い家賃を払って、もっと狭い部屋に住んでいる。
僕も含めて、普通のリーマンからしたら、何を贅沢な悩みを言っているんだろう、と腹立たしいぐらいである。


残念ながら、『実は悲惨な~』の記述は、一事が万事、この調子である。

「僕らは世間が思ってるほどいい暮らしはしてませんよ~」というその暮らしとやらが、ごく普通の民間企業に勤めてる人間からしたら、十分「豊か」なのだ。

これを「悲惨」だと思うのは、当の公務員たちだけではないか。


最後に、言い訳ではないが、僕はこの記事で公務員批判をしたいわけではない。

僕が一言物申したいのは、たいして悲惨とも思えない暮らしぶりを「悲惨」と形容する本の著者であり、より根源的には、そういうタイトルを許容した(というか、多分、率先的につけた)光文社新書の編集者である。
*注:タイトルは著者・編集者主導とは限らないという指摘があるので、興味のある方はコメント欄をご覧ください

まあ、半期のボーナスが300万を超える光文社の編集者にとっては、こういう暮らしも「悲惨」なのかもしれませんけどね……
by aru-henshusha | 2008-06-09 00:38 | 本・出版
売り出すことは簡単だ。でも、売り続けることは難しい。_c0016141_1473141.jpg献本がだいぶたまってるので、隙があればどんどん紹介していきます。

今夜紹介するのは、版元の方からいただいた、

駅弁スーパーレディ―駅弁女将細腕奮闘記

有名な駅弁の調製元の「女将」9名のインタビューが収められている本書は、<一風変わった駅弁ガイド>として楽しめそうです。

ただし、僕自身は、この本を「ものづくり」の書として読みました。


一日の大半を調理や販売に費やす女将たちの駅弁づくりにかける思いは、どれもとても熱いです。
中でも、「モー太郎弁当」をつくるあら竹の女将の言葉が特に印象に残ります。
現在、あら竹商店で扱う駅弁は、特別限定品の「極上松坂牛ヒレ牛肉弁当」まで含めると14種類。新作が出れば旧作はメニューからはずされると考えがちだが、中身やパッケージに多少の変更はあるものの、これまで発表してきた駅弁のすべてを味わうことができる。
「かつて家族旅行は列車で行くという時代がありました。お父さん世代は家族みんなで食べた駅弁の味を覚えていて、松坂までクルマで来てもわざわざ松坂駅の売店に立ち寄ってくれます。そんなとき、たとえば『元祖特撰牛肉弁当』はもう作っていませんとは絶対に言いたくないんです。あら竹の駅弁は、世代を超えて受け継がれていくものだと信じていますし、みなさんから支持される理由の1つには、古くなったからと製造をやめたりしない信頼感にあると思います」(同署125ページより)
僕は以前、多く売れるのが幸せか? 長く売れるのが幸せか?という記事を書きました。
本と駅弁では勝手が違うのは百も承知ですが、出版社(とりわけ、これほど出版点数が増えてしまった時代の出版社)にとって、長く売る・売り続けるというのが困難なことになってしまったものだなとは、よく感じます。

僕が勤めている会社も含めて、ある程度の規模の出版社は一年にやたらと本を出しますが、そのうちの大半は「売れないから」「古くなったから」と「製造をやめ」ることになります。
会社を維持していくのに仕方ないとはいえ、それが「ものづくり」として本当に正しい姿なのかどうかは、何ともいえません。

ものを売り出すのにもそれなりの苦労と困難があるけれど、本当に難しいのは、「売り続ける」ことではないかと僕は思います。

この本は、できればそんな困難も吹き飛ばして、長く長く売っていってほしいものです。
by aru-henshusha | 2008-06-03 02:33 | 本・出版
マニアは必見! 夕刊紙でおなじみの「三行広告」の正しい読み方。_c0016141_23223.jpg久しぶりの更新のしめは、最近多い献本ネタで。
(そもそも早く載せろとせっつかれて更新した部分もありますが……)

今回、著者じきじきに送っていただいた、

裏社会の歩き方

は、ヤクザ社会や非合法賭博、風俗産業などの実情が(比較的ライトなタッチで)描かれている本。

その中に、夕刊紙でおなじみの「三行広告」の解読法(?)が載っていました。
*参考:これが実際の三行広告です


見ておわかりのとおり、情報量が少ないので、読み方にはちょっとしたコツがいるのだとか。
そのコツを以下に公開します(同書211ページより再構成)

●「三行広告」の正しい読み方

ぽっちゃり、巨乳=デブ
熟女=40歳以上
*注:すなわち「ぽっちゃり、熟女」は「太った40歳以上」を指す
複=乱交系
N、安全日=膣内射精OK
単独、サロン=大人のパーティー
NK流=西川口流
ヒナ=若い女性

いやぁ、色々な「業界用語」があるものですね。興味のある方は参考にしてくださいませ。
ただし、何があっても自己責任で……。


=====Coming Soon!=====


これまで頂いた献本、すべて目を通しているのですが、なにぶん多忙なため、記事にする時間が取れません。
せめてもの罪滅ぼしとして、以下に今後紹介予定の本をリンクしておきます。

マニアは必見! 夕刊紙でおなじみの「三行広告」の正しい読み方。_c0016141_2574919.jpg駅弁スーパーレディ―駅弁女将細腕奮闘記
(アマゾンに画像がないですよ、担当者さん)
マニアは必見! 夕刊紙でおなじみの「三行広告」の正しい読み方。_c0016141_314872.jpg公務員の異常な世界
マニアは必見! 夕刊紙でおなじみの「三行広告」の正しい読み方。_c0016141_345955.jpg凶暴両親
マニアは必見! 夕刊紙でおなじみの「三行広告」の正しい読み方。_c0016141_392628.jpg時間と学費をムダにしない大学選び
それにしても、誰もビジネス書送ってこないのよねぇ。
僕の本業、ビジネス書編集者なんですが……。
(だから、よけい送りたくないのか?)
by aru-henshusha | 2008-05-30 03:14 | 本・出版
独身女子がマンション買うとお嫁に行ける、4つのワケ。_c0016141_2132824.jpg「おいおい、普通、独身女性がマンション買ったら結婚遠のくだろ~」
と見出しにツッコミを入れた人もいるかと思いますが、最近はそうでもないんだとか。

先日、担当編集&著者の方からいただいた、

開運!マンション選び*アマゾン、書影ないけど大丈夫ですか?

に「マンション買って結婚できた4つのワケ」が書かれていました。


以下に、その理由を要約してみます。

①結婚適齢期の男性の意識の変化
→昔の男性と違って、今の若い男性は女性がマンションを購入することに抵抗がない

②マンションを買ったことによる精神的余裕
→マンションを買った女性には「結婚したいオーラ」が少なく、男にプレッシャーがかからない

③マンションの立地・環境が出会いのチャンスを増やす
→独身女子は、渋谷や銀座、六本木よりタクシーで3000円程度の圏内にマンションを購入することが多く、遅くまで飲んだり、飲み会に途中から合流もしやすい

④新しい土地に移動し、住むことによる風水・気学的な運気アップ
→いままでとは違う方角、新しい土地のパワーがもらえる
(んだそうです。この手の話は、正直、苦手でして……)

というわけで、最初は半信半疑でしたが、本のなかの実録エピソードを読むと、この説、意外とアリかもと思えてくるから不思議です。

また、「売りやすく、貸しやすいマンションの条件」など、不動産投資を考える人にも役立ちそうな項目もあり、なかなか実用性の高い本に仕上がっています。

なお、貧乏独身リーマンの僕としては、マンション持っている独身女子の見分け方、も知りたかったりするんですが……
by aru-henshusha | 2008-05-08 22:12 | 本・出版
日本の「食」は安すぎる、日本の「本」も安すぎる?_c0016141_0422790.jpg1丁300円の豆腐、1個472円の納豆、700円以上の山菜そば……。
主婦の方はもちろん、一人暮らしの独身男性が見ても、これらの価格は高いと思うかもしれない。

かくいう僕自身も、きっとそう思ったことだろう。そう、この本を読むまでは。

日本の「食」は安すぎる

本書は、このブログがすごい!BLOGなどでおなじみの編集者・岡部敬史さんから送っていただいた。
本書の関連エントリー

多分、送っていただかなかったらスルーしてしまったジャンルの本なので、感謝している。


本書には、冒頭で取り上げた食品の「高いワケ」が余すところなく書かれている。
同時に、われわれが安い(あるいは適正だ)と思っている食品の「安いカラクリ」も書かれている。

個々の例については、ぜひ本にあたって読んでほしいが、思い切り大雑把に言ってしまうと、安い食品はそのぶん、「」や「鮮度」や「安全」を犠牲にしている。
また極端な例だが、安さの演出のために「偽装」がなされることもある。

生産者(または関連業者)の努力で価格を下げるにも限度があって、それ以下の安さを実現するためには、どこかにしわ寄せが行くのである。
それを承知で安さを求めるのは消費者の自由かもしれないが、どれだけの人がそのことを自覚しているのだろうか?

これは、「食」の価格に対して、あまりにも考えてこなかった僕自身にも言える。


ここで、話はちょっと飛ぶ。
僕はこの本を読んでいる最中、ずっと「本の値段」について考えていた。

本の値段に関しては、以前こんな記事を書いたことがある。

本の値段は、素人が思っているほど高くはない。

この件に関する認識は、いまでもそう変わらない。
しかし、本書を読んで思ったのは、これはあくまで「生産者」の意見だったなぁということ。


矛盾するようだが、本の「消費者」としての僕は、この本高いなぁと思うことがたまにある。

たとえば、1200円程度のビジネス書を読んで、「この本、何なの? 何も新しいこと書いてないじゃん」と、さも高い買い物をしたように感じるのだ。
(たとえ、それが原価的に見合った値づけであったとしても)

消費者としての僕は、もっぱら、「その本が僕にとって与えてくれるものの価値」と「その本の価格」を比べて、本を読んでいる。

だから、自分にとって価値がないと思った本は、造本的にどんなに適正な価格であっても、やっぱり「高い」のだ。

そう考えると、物の安い・高いは立場によって変わるし、だからこそ、色々なものさしにふれてみるべきではないかと、僕は思う。


う~ん、何だかまとまりのない話になったが、強引にまとめてしまおう。
最後に、この本の価格についてふれる。

本書の価格は、税込840円である。
(献本された僕が言うのも何だが)この値段は、僕とっては相当安い。

普段口にする食べ物を「安すぎる」と思ったことのない僕の価値観を、本書はグラグラと揺さぶってくれた。
僕にとって、その経験は、この価格の倍の値段を出してでも手に入れるべきものだった、と今ならいえる。

もちろん、これはあくまで、僕にとっての「安さ」である。
食に対する問題意識がもとより高い人にとっては、本書の内容はもしかしたら「高い」と感じるものなのかもしれない。

いずれにせよ、「高い」か「安い」か、書店で手にとって確かめる価値はある本だと僕は思う。

その価値を感じさせない「高い」本を、僕はここまで薦めたりはしない。
by aru-henshusha | 2008-04-22 01:28 | 本・出版
『夜がきた』と書いてはいけない(花村萬月公式ホームページ ブビヲの部屋)
*時期が来るとトップページから削除されてしまうはずなので、かなりの長文ですが引用します

夜がきた。

 と、書くのは説明。べつに文才がなくても、誰にでも書けます。また、誰に対しても意味が通じます。
 けれど『夜』という言葉を遣わずに『夜がきた』ということをあらわす──描写するのが、小説家の基本的な仕事です。

 強く意識してください。説明は誰にでもできます。小説家を志すあなたが成し遂げなくてはならないのは、描写です。描写、描写と口を酸っぱくして言ってきた所以です。
 以後、『夜がきた』と書くべきときに、『夜』を遣わずに、『夜』を表現してみてください。

 たとえば『夜のとばりがおりた』などと書くのは説明としても鬱陶しいし、描写としても紋切臭くて陳腐すぎる。
 こうなると説明としてはうざいし、描写としては三流という最悪なことになってしまうわけです。ひとことで言えば、センスがない。
(中略)
 いいですか。能力的に劣る者のやることはわかりきっています。見透かされています。
 だから、つまらない虚仮威しや居直りを棄て、正攻法で足掻いてください。
 湿り気とか、いちだんと濃さを増す植物の香りとか、昼には耳につかなかった玉砂利を踏みしめるときの音とか──いくらでもあるでしょう、描写の手がかりが。
 ここで大切なのは、あなただけの象徴を見つけだし、掴み取ることです。

 やがてセンスのある者ならば、『夜』という言葉を用いずとも、読み手により深く的確に『夜』を感じさせることができるようになります。

 そうなったら、文章をシンプルにするために『夜がきた』と、書きましょう。
 つまり描写が不要な部分では煩くなることを避けるために、さらっと説明してかまわないのです。

 でも、『夜』という言葉を用いないと『夜』を表現できないうちは、『夜がきた』と書いてはなりません。

 抽んでた者とその他大勢の差異といってもいいのですが、『夜』を用いずに『夜』を表現する力のある者は、じつは『夜』の象徴を掴み取っているから、『夜』を用いずに『夜』を表現できるのです。あえて『夜がきた』と書いても、その深みがまったくちがうのです。
 また、言わずもがなのことですが『夜がきた』は単独でそこにあるわけではありません。他の文と絡みあってあるわけです。
 小説という散文表現において、単独で存在する言葉は、ありません。


当たり前ですが、これ以上僕が付け加えることはありません。
小説家を志す方は、参考にしていただければよいかと。
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by aru-henshusha | 2008-04-21 23:41 | 本・出版