そう言って、彼は僕に、世界的に有名な自己啓発の名著を差し出した。
以前、ある若手経営者のインタビューをしていたときのことである。
なるほど、話を聞く限り、彼がその本から強い影響を受けたことは疑いようがない。
その本を読んでポジティブ・シンキングを徹底的に実践するようになった彼は、
無謀・不可能とも思える社内改革を断行し、
また、業界の常識を打ち破るような経営施策を次々と行って、
以前とは比べものにならないくらい、会社を大きくした。
仕事でどんなに厳しい局面を迎えても、前向きに考え、
打開策を打ち出せるようになったのは、たしかにその本のおかげなのだろう。
けれど、冒頭の彼の言葉に、僕はどうしても引っかかる。
はたして、本には、人生を変える力はあるだろうか?
本、しかも自己啓発ジャンルの書籍を作ることも少なくない自分が言うのも何だけど、
僕は、本には人生を変える力などないと思う。
あるとしたら、それは、人が「変わりたい」と思うきっかけを作ることぐらいではなかろうか?
僕は今まで何十冊も、人が「変わる」ための本を作ってきた。
また、それらの本を作るために、類似した数百冊の本にも目を通してきた。
しかし、本を作るたびに、自分が大きく変化したという実感はない。
そう、本は、読むだけでは変わらない。
ある本を読んだことをきっかけに、自分を変えたい・変わりたいと思って、そのための行動をする。
「行動」なくして、人に「変化」は起こらない。
もちろん、本を読むということも、行動の第一歩ではある。
何も読まないよりは、それは思った以上に大きな一歩かもしれない。
だけど、本を読むことは、あくまできっかけであって、そこで灯った「変化の火」はとてもか細く、ちょっとしたことで消えてしまいがちである。
(そうやって、何度も変化の火を消す人が、僕らの大事なお客様ではあるのだけど)
だから、変わりたいと思ったときに、すぐ動くことが大事なのだ。
冒頭で例に出した経営者は、まさしく「行動」の人だった。
彼は本を読み、自分の考え方を変え、さらに別の本やセミナーで学び、そこで得たことをすぐに実行した。
彼を本当に変えたのは、本ではなく、彼自身なのだ、と僕は思う。
年をとると、人は変わりにくくなる。
いや、一般論に逃げるのではなく、これは僕の話だ。
僕も、年々、変化を厭うことが増えてきた。
でも、そんな自分を苦々しく思う自分が、もう一人いる。
変わりたくない自分を変えるために、できること。
それを探して、少しずつ実行するしかない。
僕を変えるのは本ではない。
僕自身である。