人気ブログランキング |

ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha
c0016141_2231946.jpg担当編集者から献本いただきました。
だいぶ時間があいてしまったので、ひたすら申し訳ないです。

私鉄探検

さて、本書は一言でいえば「私鉄の沿線文化」を取り上げたガイドブック。

取り上げられている私鉄沿線は、西武、京王、京急、近鉄、阪急・阪神などですが、何を隠そう、僕は西武線沿線の生まれなんですよねぇ。


くしくも本の第1章が「西武鉄道」について書かれていて、期待と不安(?)を胸に読み始めたのですが……


読んで改めて思ったのは、「私鉄」って「私(たち)の鉄道」なんだなぁということ。

僕の例でいえば、子供のころから他の電車の沿線に引っ越すまで、とにかく西武線ばかり乗っていたんですよね。
とくに、大江戸線が開通するまでは、西武(池袋)線沿線の人って、盛り場が基本的には池袋しかなくて、買物するにも映画観るのも、黄色い電車に乗り込んで。

だから、西武線(沿線)には愛着があるんです。
その分、この本には「人より楽しめるところ」と「人より楽しめないところ」が同居していて。


たとえば、本書では西武線を語るのに「キャラクター」というキーワードを持ち出して、手塚治が長い期間西武線沿線に住んでいたとか、所沢のあたりの地名や風景が「となりのトトロ」のモデルになっているとかといったエピソードが語られます。

それらの話に、「ああ、あそこね」とか「知ってる、知ってる」と膝を叩く自分もいるのですが、同時に、臨死!!江古田ちゃんで注目されだした江古田駅についても書いてほしかったなぁとか、そもそも池袋の街の変遷とかも興味があるんだよねぇ、と思う自分もいて。

それもこれも、「私の鉄道」にまつわる本だから、ついつい気になってしまうと思うんですけどね。
その意味では、本書を純粋に楽しめるのは、もしかしたら「公鉄(?)っ子」なのかもしれません。


*当ブログへの献本は、以下のルールに則っていただける限り、歓迎いたします。
当ブログへの「献本ルール」を、ここらでハッキリ決めようと思います。
# by aru-henshusha | 2008-09-15 22:54 | 本・出版
c0016141_2140942.jpg10月に小学館から新書シリーズ(小学館101新書というのだとか)が出るってのは聞いていましたが、こういう「ルックス」だとは想像していませんでした。

左は『読書進化論』のカバー。

見ての通り、ドラえもんのポケットがモチーフになってますよね。

ほかの著者のブログでも、このデザインが確認できたので、シリーズ全体で「ドラえもん新書」の様相を呈しているようです。
*参考:ドラえもん?

ちなみに注目のラインナップは、下のリンクでも言われているように「かたいな~」の一言ですよね。
*参考:小学館101新書だそうで

天下の小学館さんなんだから、一冊ニ冊は大博打をしてほしかったものですが。
なんだか、幻冬舎新書や角川oneテーマ新書あたりがこのラインナップでもおかしくないような気が……
# by aru-henshusha | 2008-09-15 21:51 | 本・出版
c0016141_0284895.jpg最近、また高橋がなりにハマっている。

以前から好きな人物の一人ではあったのだけれど(このブログも愛読してた)、先日ふとしたキッカケで彼の著書を手に取り、その仕事哲学にふれている。

経歴を見ればわかるように、決してエリート街道を歩んできた人物ではないからこそ、その言葉の普遍性は高い。

というわけで、少し古い本からの引用になるけれど、気になった言葉を紹介する。

上司は理不尽にならないといけないんです。そうすると部下たちは、“結果”を出さなければならないということを体で知って、「プロ」に育っていけるからです。何につけ理由をちゃんと聞いてあげると、部下はどんどん甘えるようになる。これを僕は「弱者の連鎖反応」と呼んでいます。かといって、理不尽なだけではダメで、嫌われながらも慕われる上司にならなくてはいけない。「このオヤジ、理不尽だけど、才能が圧倒的に違うわ」と。(『がなり説法』75ページ)
「理不尽な上司」には、理屈は通じない。
僕もそういう人の下にいたことがあるからわかるけど、こちらにどんなに理があろうと、企画や提案に容赦なく「NO」を突き付けてくる。

そういう経験から学んだのは、「とにかく実績を作って、こいつを黙らせるしかない」という<仕事上の腕力>を手に入れる必要性だった。
その結果、僕はたぶん、やさしい上司の下にいる数倍のスピードで成長できたと思う。

物わかりはいいけど力(才能も権力も)がない上司と、理不尽だけど力がある上司の二人がいるとしたら、若ければ若いほど、後者の下についたほうがいい。

もっとも、部下が上司を選べる機会はまずないから、理不尽な上司の下についたとき、このことを思い出せればいいだろう。
# by aru-henshusha | 2008-09-08 01:07 | 商品・企業・仕事
c0016141_15391055.jpgこの本は担当編集者の方からいただきました。

ワンランク上の問題解決の技術《実践編》

自分自身がこれから「実践」したくなるようなスキルを教えてくれたという意味では、最近感想を書いた本の中でも一番の良書。

ただし、内容の一部を抜き出して紹介するのには適さない構成なので、ちょっと変わった紹介の仕方を試みてみます。



本書で紹介されている「ファンクショナル・アプローチ」は、「何のためにするのか?」(目的)、あるいは「それは何のためにあるのか?」(機能)という視点から、ある課題を分析し、改善点を見つけていく「問題解決」の技法です。

……って、こんなことイキナリ言われてもわからないですよね。
(僕自身、アマゾンの内容紹介を見た時点では、中身が想像できませんでした)

なので、今回はそのファンクショナル・アプローチの手法(正確には、FASTダイアグラムの作成)を応用して、「恋の問題解決」に挑戦してみました。


問題はズバリ、「好きな人への告白のポイント」。
ファンクショナル・アプローチを使うことで、以下のように問題の本質が見えてきます。

●ファンクショナル・アプローチで分析した好きな人への告白のポイント(超簡易版)

c0016141_14125237.jpg
*注 まじめにやるとかなり項目数が増えてしまうのでザックリやってます。
 また、この図はMindMeisterで作成しました。便利なサイトです。


図を見てもらうとわかるように、ここでは告白の目的を「相手にOKをもらう」ことに設定。
その「ため」には何をすればいいのか、という視点で問題を分解し、告白のためにやるべきことを洗い出しています。

もっとも、これはあくまでたたき台で、一度この図(FASTダイアグラム)を作成したあと、それぞれの上下関係を見直したり、新しい項目(ファンクション)を追加したりします。

たとえば、上の図でいえば、「脈ありかどうか確かめる」の下に、「共通の知人にそれとなく探らせる」なんてファンクションを追加できるかもしれません。

まあ、これで「恋の問題解決」ができるかどうかは明言は避けますが、それよりも「本の目次づくり」への応用が相当きく手法なので、同業者や著者(候補)の方は必読かと。


最後に、先日こんな記事も書いたので、「編集者」として少し気になったことを。

・そもそも、「問題解決」自体がふつうのビジネスマンにとって敷居が高いスキルなので、さらに「ワンランク上」と名付けると、読者が狭くなる気が…
・本の構成上必要なのはわかりますが、1章がかなり長くて、ここで挫折する読者もいるかも…

まあ、担当の方にしたらそんなことはお見通しで1785円という値づけをしている気がしますが、タイトル以上の敷居の高さを、個人的には感じました。

とはいえ、中身は本当によい本なので、秋の夜長に気張って読む価値はある一冊です。
ぜひ、ご一読を!


*当ブログへの献本は、以下のルールに則っていただける限り、歓迎いたします。
当ブログへの「献本ルール」を、ここらでハッキリ決めようと思います。
# by aru-henshusha | 2008-09-07 16:10 | 本・出版
昨日書いた書評(というかあくまで感想レベルだが)に、先ほど追記をした。

『あたらしい戦略の教科書』に、本当の「あたらしさ」はあるのだろうか?(追記アリ)

その追記部分とも少し関連するのだけど、「僕が書評を書くときに一番大事にしてること」を以下に書いておく。


結論から言えば、僕は書評を書く際に、

「自分がその本を読んで、そのときに感じたことを、ありのままに書く」

ことを、一番大事にしている。

そんなの当たり前のことだよ、と思う人もいるだろうけど、その当たり前が意外と難しい。


そもそも、僕がこのブログで紹介する本の大部分は、著者や編集者からの「献本」である。

他社の友人や、業界の大先輩が汗水たらして一生懸命作った本。
できることなら、どんな本であれ高い評価をしたいというのが、人情だ。

けれど、それをやってしまうと、一番苦しむのは自分である。

よくないと思った本でも無理やりほめ、ブログの読者にたいして思ってもいない感想を垂れ流し、常に献本してくれた人の顔色を気にして記事を書く。

そんな思いをするぐらいなら、「よくない本はよくない」とはっきり書くほうがいい。

幸い、そこまで酷い本にはまだ出合ってないが、いつかそういう本が送られてきたときには、誰が作った本であれ、正直な感想を書くつもりだ。


また、今の時代、新聞・雑誌はもちろんのこと、ブログであれ、ネット書店やsnsのレビューであれ、ある程度の知名度を有する本に対する書評は世の中にあふれている。

僕自身、参考として、それらの書評にざっと目を通すことはある。
けれど、他人の書評を意識しすぎると、自分の書きたいことが書けなくなる。

あの有名な書評ブロガーは自分とはまったく逆の感想を書いている、自分はいいと思った本だけどアマゾンのレビューでは酷評されている……。
そんなことを気にしだすと、いつの間にか自分の意見がそちらにすり寄ってしまいかねない。

そういうときこそ、「自分がそのときに感じたことを、ありのままに書く」ことを強く意識する。

このブログは、僕のブログである。
「僕というフィルター」をかけない書評なら、わざわざ時間をかけて載せる意味はない。


「僕というフィルター」を考えたとき、僕が編集者であることは、その大きな要素の一つだろう。

僕の書評には、本のタイトル、構成、デザイン、造本、ときには販売面についての意見も含まれる。
それは「一読者」であると同時に「一編集者」として本を読んでいるのだから、当然である。

もっとも、それがどれだけこのブログの読者に伝わっているのかは心もとない。
正直、普通の読者はそこまでタイトルのこととか気にしないかもなぁと思いつつ、この本のタイトルはいいとか悪いとか、好き勝手なことを言っている。

けれど、そういう偏りも含めて、自分の書評には「僕らしさ」を出したいのだ。

また、僕の書評を通じて「編集者的な本の読み方」を少しでも感じてもらえれば、それは多少意味のあることではないかとも思っている。


「自分がその本を読んで、そのときに感じたことを、ありのままに書く」

今後書く書評でも、僕はそのルールを守っていく。

それによって、「ある編集者」の書評はときに偏っているとか、ときに厳しすぎるという感想をもたれても構わない。

僕にとっての書評は、ある本の内容や価値を記録すると同時に、その時々の自分自身を表現する大切な機会なのだ。

みなさんがそれを望んでいるかどうかはともかく、そういう方針で書いているということをご理解いただきたい。
# by aru-henshusha | 2008-09-03 14:32 | 本・出版
c0016141_17313511.jpg当たり前のことだけど、本の評価は、人によって変わるものである。

また、同じ本でも、読む時期によって、評価が変わることもある。

もしも僕が、前作『はじめての課長の教科書』を読む前に、この本に出会っていたのなら……

僕はきっと、本書、

あたらしい戦略の教科書
(著者より出版社を通じて献本)
を高く評価したと思う。


けれど、現実は違う。

僕はすでに、『はじめての課長の教科書』を読んでしまった。
酒井穣という著者が持つ「可能性」を知ってしまった。
彼が「あたらしい」戦略の教科書を書くと聞いて、胸が躍った。

しかし、それはどうやら、僕の空騒ぎだったようだ。


本書の第1章「戦略とは何か?」で、著者は「戦略とは『旅行の計画』である」と述べ、次のようにたとえている。

「戦略とは現在地と目的地を結ぶルート」

なるほど、これはわかりやすい。しかし、そこに「あたらしさ」はあるのだろうか?


僕は「(経営)戦略」の本の良し悪しを語れるほど、類書に通じているわけではない。
そもそも、大学時代は日本文学が専攻で、経済・経営の基礎知識さえ危うい部分もある。

けれど、戦略を語るのに「現在地」と「目的地」を出すのが、定石だということぐらいはわかる。
現に、僕がこれまで仕事をしてきた経営者やコンサルタントは、同旨のことを、取材や打ち合わせで何度も語っていた。

本書に「あたらしさ」(それはもちろん、僕が求める「あたらしさ」だが)を求めていた僕としては、正直、この出だしを読んだとき、心配になった。

本書は、わかりやすいし、前作同様、きめ細かい記述には頭が下がる。

だけど、それらの特長は、内容の「あたらしさ」を保証すると言えるだろうか?


本書の核をなす考え方に「スイートスポット」という概念がある。

これは「顧客に対して、自社にしか提供できない価値」が含まれる領域、すなわち自社が守り、広げ、有効活用すべきビジネス領域のことだ。

これ自体は僕にとっては「目新しい」ものだった
(ただし、同様の概念は違った言い方で、今までに何度も紹介されているとは思う)


しかし、これは酒井氏の発明品ではない。

本書65ページのキャプション、および参考文献をチェックすればわかるように、この考え方はある雑誌からの受け売りである。
すなわち、(あえてこういう言い方をするが)借り物」だ。


本書が他の本から「借り」ている部分は他にもある。

べつに、すでにある情報を拝借して、さらに付加価値をつけてリリースするのが悪いとは言わない。
(そういう本作りは、僕自身、今まで何度もしてきた)

けれど、そうしてリミックスされて提供された情報は、はたして「あたらしい」ものだろうか?

いや、より正確に言えば、たとえそれらが「あたらしい」としても、僕がこの本に求めた「あたらしさ」は、はたしてそういうものだったのか?


本書を読み終えて改め感じたこと。

それは、僕がこの本に求めていたのは、酒井穣 という可能性あふれる著者が長年ビジネスマンとして経験したことを結晶化し、「自分の言葉でつむぎ出した、今までにない、あたらしい戦略」であったということだ。

そうした希望が一読者として妥当なものだったのかは、わからない。
実際、読者によってはこの本を「あたらしい」と評価する人もいる

最初にも書いたように、人によって本の評価は違う。
この本に書かれているすべての記述に、今まで見たことのないような「あたらしさ」を感じる人も少なからずいるだろう。

僕はそれらの評価を否定する気はない。
けれど、自分が現時点で極めて厳正に下した評価を、他者の評価にすり寄せる必要性も感じない。


最後に、この本のタイトルが、もしも『はじめての戦略の教科書』や(出版社的にはナシだろうけど)『よくわかる戦略の教科書』だったら、僕はこんなことをネチネチと書かなかったはずだ。

それほどまでに、僕はこの本に「あたらしさ」を求め、また、本書の著者ならそれが書けるはずだと期待した。

その意味では、この本において、「僕という顧客」と「著者が提供できる(というか、したい)価値」に大きなズレがあったのだろう。

他の多くの読者にとって、この本が紛れもない「スイートスポット」であることを願う。


●大事な追記
この記事を書いたあとに、本書の担当編集者の方とメールをやりとりする機会をいただきました。
メールには、彼がなぜこの本に「あたらしい」と銘打ったか、その確固たる理由が、担当者ならではの熱い想いとともに書かれていました。

今回、異例ではありますが、そのメールの一部を以下に引用させていただきたいと思います。
私なりの「あたらしい」というタイトルへの思いを書かせてください。

「あたらしい」というキャッチフレーズは著者の原稿に最初から付いていたものですが、個々の方法論はたしかに「新しい発明」と言えるものはないかも・・・と感じながらも、そのキャッチフレーズには私はあまり違和感を感じませんでした。

「現場主導の戦略」という視点に相当、新鮮さを感じるとともに、たぶん一生現場で働く自分にとっても勇気や働く意義みたいなものを感じさせてくれる原稿であることを誇りに感じたりもしたからだと思います。

ご存じかと思いますが、僕らの社名のディスカヴァーには「覆いを取る」という意味があります。

「ものの見方や視点の変化」こそが「新しい」明日を生み出すというような意味ですが、「思い込みの枠をはずすことこそが自分をあたらしく生まれ変わらせてくれるのだ」・・・という社名には僕自身、深く共感するところがあり、ここにいます。

そうした視点を変えてくれるあたらしさがこの本にはあったのではないかというのが担当編集の僕の思いです。(担当編集者の方からのメールより)
このメールを見てもおわかりの通り、僕が本書に求めた「あたらしさ」と、担当の方が本書に見出した「あたらしさ」は異なります。

そして、昨日自分が書いたことを若干修正することになりますが、そのあたらしさは、どちらも「本当のあたらしさ」であることに違いはないのでしょう。


この記事の冒頭にも書いたように、本の評価は人によって変わります。

僕がこのブログに日々載せている評価は、あくまで「僕というフィルターで濾過された」評価であり、通常ならば読者の方々はそれにしか触れることはありません。

もちろん、このブログの読者の中には「僕というフィルター」をある程度信頼して、あるいはその偏りをわかった上で、記事を読んでくれる人もいるのでしょう。

けれど、繰り返しになりますが、本の評価は人の数だけ存在します。
「僕というフィルター」を外せば、そこには違った評価も存在しうるのです。


そんな意味もあって、僕はあえて、この本に対する「もう一つの評価」を載せました。

一読者として「ある編集者」がくだした評価も、この本を世に送り出した「担当編集者」がくだした評価も、これからこの本を手に取る読者の方に有益であることを願います。
# by aru-henshusha | 2008-09-01 18:37 | 本・出版
「男女×言葉」ネタをもう一本。

ツキで満ちる モテ、仕事運(夕刊フジBLOG)

上の記事に、異性を「快」の状態にする言葉が紹介されていました。
これをマスターして相手を気持ちよくさせたら、もっと気持ちいいことができるかも。
(って、オヤジくさい持ってき方だな、我ながら)

■異性を「快」にする“キススキカ”■
 対女性       対男性
きょう、きみ キ きょう、きみ
すてき    ス すごい
好き     ス 素敵
きれい    キ 決まってる
かわいい   カ 格好いい

「決まってる」あたりは、若干対象年齢が限られるかもしれませんが、トライする価値があるかも?
# by aru-henshusha | 2008-09-01 17:20 | 恋愛・男女