美人じゃないのに何故かモテる女の特徴(恋のから騒ぎ)
「目が離れてる・色白・リアクションが大きい」これ、動画を見ると「そんなことないよ」という意見もありましたが、個人的にはけっこう「ある」んじゃないかと思います。
目が離れていることで男は安心し、色白は七難を隠し、男の話に「すごーい!その話すごく興味ある~!」といちいちリアクション大きく反応することで男は自尊心を満たす。この三拍子が揃っている女はいくらデブでブスでもモテる。逆に全て外している女は絶対にモテないし、一つでも欠けているとただの面白い子で終わる。
とくに、自分が年をとればとるほど、「リアクション大」の女性はありがたいなぁと感じるようになりましたね。
(話の主旨が変ってしまったような気がしますが…)
逆に、「目が離れていない・色黒・無口」な女性は、ドMの人にはモテるような気がしますが…
しかし、そんな僕でも、この本はオモロ懐かしく読める気がします。


『ザ・テレビ欄 1975~1990』/『ザ・テレビ欄 2 1991~2005』
出版社のページで、内容の一部が立ち読みできるのですが、
ザ・テレビ欄 1975~1990/ザ・テレビ欄 II 1991〜2005(ともにTOブックス)
92年のテレビ欄に、はなきんデータランドの文字を見つけ、懐かしさを覚えました。
新入社員と昔見てたテレビの話で盛り上がれない人(って、俺か)にオススメです。
そもそも、テレビ欄だけを使って本を作るという発想が「やられた」って感じですよね。
(ちなみに使用しているテレビ欄は報知と、スポニチのものだとか。あと改編期のもののみ掲載の模様)
やっぱり気になる? 有名人の身長(Yahoo!検索ランキング)
1位岡田准一
2位木村拓哉
3位亀梨和也
4位倖田來未
5位新垣結衣
6位hyde
7位浜崎あゆみ
8位生田斗真
9位小池徹平
10位玉木宏
このランキング、上位にいる人は、やはりり多少なりとも身長ゴマカシ疑惑があるのではないかと……
一例だけあげると、これとかね。
ハイドが本当に身長156cmなのか検証するスレ
まあ、プロフィールより多少背が低かろうと、イケメンはイケメンに違いなかったりするのですが。

小倉淳「やっぱり滝川クリステルは斜め45度がいいのだ!」(NETAFULL)
いやぁ、何なの、この「のっかり」ぶり。
だって、著者は元日テレのアナウンサーだし、版元は講談社だし、書誌を見る限り、滝川クリステルも、フジテレビ(&共同テレビ)も全然、関係ないんだもの。
まるで在りし日のアスコムさんみたいな、開き直り方じゃないですか。
こういう本こそ、扶桑社が企画して、(サンケイグループという利点を生かして)写真ドカドカ入れて、クリさまファン垂涎の書にしてほしかったなぁ。
いや、いまからでも遅くないんで、オフィシャルブック待ってます。
追記:ちなみに、アマゾンで「滝川クリステル」を検索したら、こんな本が引っかかりました。
斜め45度の想い
みんな、もう、のっかりまくりすぎ……
テレビ視聴記録12/5いや、そりゃデザイナーに修正をお願いすることはあっても、かってに原画(というか、カバーデザイン?)をいじったりはしないと思うんだが……
●テレ朝「相棒」
書籍の表紙の装丁を手掛けるイラストレーターが、表紙はオマケ程度にしか考えていない編集者に勝手に原画をいじられ激昂、編集者を撲殺する。化粧品とのコラボを前提にケータイ小説を出版し、映画化を進めていた作家は、その化粧品会社の悪行を糾弾する書籍を出そうとする編集者と対立するが、映画化発表の席で映画及びコラボを白紙撤回…結構面白い筋だったが視聴率はイマイチ。
*より詳しいあらすじはコチラ
(しかも、撲殺されちゃうのね……)
もう一つのエピソードも破天荒だし、この回、見てみたかったなぁ。
*参考:Nerimotherfucker
D.O ブラウン管に露出し今や時の人になったD.Oに話を聞きに行こう
(THE SOURCE JAPAN ONLINE)
The Source: 「メーン」と「ディスる」がいわば決め言葉的に使われてひとつひとつがオチみたいになってましたけど、あの2つは、やっぱりこっち発信だったんですか?このインタビューで気になったのは、太字にはしませんでしたが、『「何かないですか?」的なヴァイブスがTBS側からずっと出てて』という件。
D.O: もちろん。「何かないですか?」的なヴァイブスがTBS側からずっと出てて、みんなと話してるうちに「ディスる」が絶対ヤバいっすよってなって。オレの中ではそんなの面白いかな? と思ってたからオレがいきなり(撮影中に)「メーン」って言ってみたんすね。そしたら、撮影のスタッフが全員「メーン」に殺されて(笑)。
TVの世界というのは、やらせではないにしろ、やっぱり「面白い絵」を期待しているものなんでしょうね。
なお、こういう(音楽とは別の)目立ち方について、当然批判も出ているようですが、ご本人はこう言っています。
D.O: 音楽じゃない部分が先走ってるのはわかってるけど、それもあらかじめ作ってたオレの地図の通り道。今はそういう時代だと思うし、「面白かったね」って言ってもらうことはすげぇ嬉しい。でもネット見ると「D.OはHip-Hopを捨てた」とか書いてあるんすよね。ギャグだなと思って。そういう人たちもこれが確立したときには絶対に手のひら返すと思った。世界的に見たらラッパーが業界の最前線にいるのは当たり前なんですよ。映画とか出たりするのも普通だし。さて、来年以降もTVで「メーン」が聞けるでしょうか?
週刊誌が女子アナの醜聞を積極的に扱うにはワケがある(金沢誠エンタメ総研)
週刊誌には、取材相手にコメントをとりにいくことを専門にしている記者がいる。通称“突貫記者”もしくは“突貫小僧”と呼ばれ、新人の多くが担当する。むろん私も経験してきた。いい話ならまだしも、悪い話、つまり相手の商品価値を落とすかもしれない記事の場合は、身の危険を感じたこともある。なるほど、普段、おいしいところを持っていかれているテレビに対するリベンジの意味もあるとは、思いませんでした。
(中略)
たしかに悪い話の反論コメントをとりにいくときは気が重い。ときには馬鹿馬鹿しいと思うときもある。『週刊新潮』(07・4・5)の(先輩アナ『川田亜子』をイジメた後輩アナ『青木裕子』)を読んで、改めてそう思った。記者が、事実かどうか、TBS広報にコメントをとっているのだ。『2人が仲が悪いというのは事実無根です』と広報はいう。あたりまえのことだ。『おっしゃるとおり。いやぁ、仲が悪くて困っているんですよ』と広報がいうわけがない。取材テクでいえば、証拠残し、のようなものである。記者もお疲れさんだ。おそらく馬鹿馬鹿しく思いながらぶつけたに違いない。ただいまはそうした取材も重要になってきた。慰謝料が1000万円クラスになっているからである。それでいて、週刊誌が苦労してとってきた有名人のスキャンダルを、テレビがそつなく紹介し、視聴率を稼いでいるのが実態だ。「今後も、テレビが扱わない女子アナの醜聞ネタを増やしていくしかない。これが生き残り手段で報復措置でもあるんです」 とある編集長が、怨念をこめていっていたのを思い出す。
ただし、最近の週刊誌は、ネットで話題になったスキャンダルを「そつなく紹介」するような記事も増えているようですが……

『キミがこの本を買ったワケ』
という本を読んでいます。
大雑把に言えば、広告・マーケティングの本なんですが、この中に、滝川クリステル好きとしては見過ごせない記述がありました。
以下、123ページからの引用です。
確たる理由もないのに、毎日見る朝の情報番組や昼休みのワイド番組、夜のニュースなどの帯番組のたぐいは、一度決めたらそうそう変えない。ザッピングして、他局の番組と見比べることもない。「いやいや、俺はそんなことないぞ、滝クリが好きだからニュースJAPAN毎日見ているぞ」
「いや、自分は滝川クリステルのために毎日見ている」
そう反論する人もいるかもしれない。でも、よく思い出してほしい。本当に彼女を見たくて、あなたはそれを見始めたのだろうか。気付いたら毎日見ていて、あとから週刊誌などで彼女の人気を知らされた。そんなところじゃないだろうか。
もちろん、彼女目当てでチャンネルを合わせる人もいる。でも、そういう人は、ほとんどがその場限り。たまに気付いたら見るという程度。毎日見続ける習慣視聴とは別もの。
僕たちは滝川クリステルのために毎日見ていると思っているけれど、本当は見ている理由を説明できないから、彼女に被せているだけ。
とファンとしては言いたいところですが、じつは、僕も毎日ニュースJAPANを見てるわけではないんですよね。
その時間は、会社で仕事していたり、あるいは外で呑んでいたり、運よく帰っていてもブログの更新に励んでいたり……
滝クリは好きだけど、ちゃんとはチェックできないものだから、くりろぐやくりろぐ2を見ていたわけですし。
その意味で、僕にとって、「ニュースJAPAN」は<習慣視聴>番組とは言えません。
逆に、朝のスーパーモーニングは、「なぜこの番組か」という明確な理由がないまま、ずっと見ています。
好き・嫌い、いい・悪い以前に、習慣化してしまったんでしょうか。
あ、でも、滝クリが好きなのは、偽りのない気持ちなんですが……
脚本家が語る、韓国ドラマ7つの「ベタな設定」とは(上)/(下)(ともに朝鮮日報)
くわしい説明はリンク先に譲りますが、図解にするとこうなるとか(無断転載、申し訳ない)。

これらの要素を組み合わせたら、たとえ日本人スタッフでも、いかにもな「韓国ドラマ」が作れるのかもしれません。
「中谷さんは、誰かの文体の影響を受けていますか?」というわけで、中谷氏に影響を与えたのはテレビドラマのナレーションなんだとか。
と、よく聞かれます。
僕の好きなドラマに、共通点があることに気づきました。
それは、最初や最後に、
言葉や、ナレーションが入ることです。
(中略)
テレビは、電気の講談なんですね。
カッコよく言えば、司馬遼太郎さんの講談モノの文体です。
わかりやすく言うと、テレビドラマのナレーションなんですね。
言われてみれば、そんなような気もしますが……
実際、こんなナレーションで始まるドラマがあったら、どうしましょうかねぇ。
中谷彰宏レター 第2461号
ナレーションだけで、おなかいっぱいです……