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ある編集者の気になる人・事・物を記録したブログ。ときおり業界の噂とグチも。


by aru-henshusha

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少し前の記事ですが……

本の章立てをするということ(結城浩の日記)
まず、紙を広げて「第1章」と書きます。「Chapter 1」でもいいです。そして「ええと、第1章には何を書こうかな」と考えます。これと、これと、これと、これ。という風にその章に書くことを箇条書きにします。できれば、そのときに第1章の見出しも書きます。手を休めて、読み返し、「あ、この章にはこういうことも書こうかな」と思ったらそれも補足します。

次に「第2章」と書きます。「Chapter 2」でもいいです。そして「ええと、第2章には何を書こうかな」と考え…。

以上を、その本で書きたいことが尽きるまで、つまりは最後の章まで繰り返します。書き終えたら、手を休め、全体を読み返します。

これが「章立てをする」という作業です。

…当たり前みたいなことを書いていますが、大事なんですよ。大事なことが二つあります。

* 頭の中で考えるだけじゃなく、紙を広げて実際に書くこと
* とにかく、最後まで書くこと

「実際に書く」「最後まで書く」この二つが大切。
これは「本の章立て」だけでなく、会社員が企画書を書くときや、学生が論文やら読書感想文を書くさいにも、同じことが言えそうです。

いや、もちろん、それなりの「見取り図」はいるとは思いますよ。
読書感想文だったら、ある本のどこが面白かったとか、こういう表現が気に入ったとか、何をどういう順番で書くかぐらいは決めておいたほうがいい。

でも、そこで安心してはいけないと思うんです。

書けそうだから後でいいや、ではなく、書けそうだから「実際に」「最後まで」「とにかく」書くことが大事なんじゃないかなと。
(いざ書き始めてみたら、足りないものや、それまで考えてもいなかったことを発見できるでしょうし)

また、この「書く」は「作る」とか「話す」とか「する」とか、他の動詞に置き換えても、大事なポイントなのかもしれません。

僕自身、<最初の一歩>をなかなか踏み出せない人間なので、「実際に」「最後まで」「とにかく」の重要性を感じます。
by aru-henshusha | 2007-07-23 22:43 | 本・出版
この記事、とくに書店営業&書店の方に読んでほしいです。

なぜ新宿紀伊國屋の店員はつまらなそうなのか(シロクマ日報)
紀伊國屋新宿南店の品揃えは一種独特です。他店では決して平積みされないような本が平積みされていたり、意外な本が意外な場所に置いてあったり(例を挙げると問題があるので、実名は出しませんが)。上層部から「この本を売れ!」という指示のもとに動いている、というような印象を受けます。まぁそれも組織運営の一つですが、仮にそうだとすれば、店員さんがつまらなそうな顔をしているのも当然でしょう。
僕も業界に入って以来、編集プロパーの人間なので、書店と書店営業に関しては恥ずかしいほど無知な人間です。

だから、自信を持って違うとは言いませんが、この指摘って何か変じゃありません?


僕自身、新宿南店のビジネス書売り場で「意外な本が意外な場所に置いてあった」のを見たことがあります。
少し詳しく書くと、ほかの書店ではそれほどいい位置に置かれてなかったある本が、新宿南店ではレジのそば、かなり目立つ位置に置かれていたんですよ。

最初見たときは、正直、「この本、そこまでプッシュするような本なのかな~」と思いました。

でも、あとで紀伊国屋の売上げデータベースを見ると、その本が新宿南店で飛ぶように売れているんです。


僕はそのとき、この本を出している出版社の営業の方や新宿南店の書店員さん(あるいはその両者)が、

この本は内容はよくできているし、もっと人の目に触れるところに置きさえすれば、必ず売れるはずだ

という目算のもとに、その場所で仕掛けたのかなぁというふうに、理解したんですね。

で、そういうことをするのが、多分、書店員さんや書店営業の方の大事な仕事の一部なのだろうと。


もしも、各社営業の方なり各書店員の方がこのブログを見てくださっていたら、はなはだ初歩のことでしょうが、この件についてコメントいただけると嬉しいです。

自分の業界のことだからこそ、改めてちゃんと勉強したいと思いますので。

*もうしわけない、紀伊屋というのが正式の表記ですよね……
業界の端くれとして、本当にお恥ずかしい……
by aru-henshusha | 2007-07-11 01:49 | 本・出版
自分は探すんじゃなくて作るもの 山田五郎 1(R25.jp)
「よく“仕事だから割り切ってやれ”って言うけど、雑誌の仕事はそれじゃダメ。割り切ってやってると、それなりのページしか作れない。紹介する側が本当にいいと思って、体重のせてやんないと、読者を説得できない。亡くなった淀川長治さんが『日曜洋画劇場』で解説してたのは、好きな作品ばかりじゃなかったはず。なのに、ものすごく嬉しそうに解説してたでしょ。あの人は、どんな作品でも、これはと思えるところが見つかるまで観たらしいんだ。“バスがすごい勢いで走ってましたね~”とか“あの女の子の可愛いことぉ”とか(笑)。作品の本質とは関係なくても、ホントに思ったことだけを言ってるんだよ。だから俺もファッション記事で、こりゃダメだみたいなブランドを扱うときでも、めっちゃカッコいいと思い込むところから入ろうと。そうやって興味を持って掘り下げていくと、どんなものでもそれなりに面白くなってくる。30歳を過ぎたあたりかな、もう大丈夫だ、俺はなんでも興味が持てるって思えたのは」
*引用は2より
これは雑誌に限らず、書籍でも同じなんじゃないかなぁ。
自分が、その著者なりテーマなりを面白いと思えないで作ってる本は、やっぱり読者には見抜かれるし、買ってもらえないと思う。

いや、そもそも「著者なりテーマなりを面白いと思えない」本を出すなよ、っていう話ではあるのだけど。

でも、たいていの出版社は、自分が興味を持って出した<自前の企画>以外の本も(制作ノルマやらその他諸事情により)作らなきゃいけないので、そういう本が出てしまうことは少なくない。


僕自身、基本的には自前の企画で、自分の作りたい本を作っているのだけど、ときおり思わぬところからワケのわからない企画が降ってきて、急遽その本の担当になることもある。

そういう場合、(山田氏の言ってることとカブるけど)極力その本の「いいところ」を探して、そこをクローズアップして、本を作るようにしている。
*もっとも、どんなに目を皿のようにして探しても、ほとんど「いいところ」がないっていう企画もあるのだけど。そのときは企画者を恨むしかない

ともかく、自分が全くいいと思えないものを読者の前に出すのは、「失礼」だと思うのだ。

だって、街の定食屋で頼んだ料理がすごいまずかったとき、「いやぁ、じつは俺もまずそうだなぁと思って作ってたんだよ」って定食屋の親父に言われたら、腹立つじゃない。それと同じで。

だから、自分がいいと思えない企画ならできるだけ影響が出ない段階で「中絶」したほうがいいし、それができないなら、とにかく「いいところ」を見つけて、愛情のある本作りをするべきだ。

それが、出版社、あるいは編集者の良心だと僕は思う。
by aru-henshusha | 2007-06-25 01:08 | 本・出版
それは、締め切り間際にならないと書き出さないから、といった単純な話ではないようで。

ライター仕事の処世術(ジュブナイルポルノ作家わかつきひかるのホームページ)
納品は締め切りの直前。早くても数日前。それがライター仕事をうまく回すコツです。
どうしてかというとですね。発注者側の心理です。
コイツは筆が早いな→じゃあ、発注が遅れてもいいな→締め切りギリギリの発注
ライターの立場では断れませんから、ムリして仕事をするはめになり、徹夜だとか三時間睡眠とかを繰り返し、苦しくなってこぼれていくわけです。
う~ん、そうなんですか。

僕も「発注者側」の人間ですが、単行本ばかりつくっているので、「締め切りギリギリの発注」という概念があまりありません。
というか、余裕をもってお願いしても、締め切りに遅れる人が少なくない世界なのでねぇ。

そういう意味では、「早く原稿をあげる著者」をありがたがりはしますが、あまりムチャな発注はしないようにしています。

急いで書かせて質の悪い原稿を無理やりゲットしたところで、リライトに手間がかかったり、そのまま市場に出してほとんど返品されたりしては、けっきょく自分自身が困るので。

もっとも、雑誌の編集者には、また違ったロジックがあるんでしょうけれど……
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by aru-henshusha | 2007-06-21 14:26 | 本・出版
こんなタイトルでは出版社にアピールできません(出版なんでも相談室)
当方にはいろいろな原稿が送られてきますが、
原稿を拝見する際に、いつも気になることがあります。

それはタイトルです。

タイトルの主語が「自分(著者)」である原稿がきわめて多いのです。
たとえば「私はこうして●●できた」とか、
私が●●できたワケ」といった具合です。

しかし、こうしたタイトルの原稿を出版社に送っても、
おそらく、まともに読んではもらえないと思います。
(自費出版や共同出版を専門に手がける会社なら別ですが)

出版社にアピールするのであれば、
主語を「読者」にしなくてはなりません。

たとえば「あなたもこうすれば●●できる」とか、
あなたが●●できるようになるために」といった具合に、
読者を中心に表現することが大切です。
この方の意見には、おおむね同意です。
でも、より正確に言えば、ようは「著者の知名度」の問題なんですよね。

たとえば、名(物)経営者として名高い人が著者の場合は、タイトルに著者名を織り込んだほうが、固定のファンを取り込めたり、その知名度の高さでファン以外の読者にもアピールできたりする。
(ex.『稲盛和夫の実学―経営と会計』/『本田宗一郎夢を力に―私の履歴書』)

ただ、いわゆる「持ち込み原稿」の著者は、ほとんどの場合、世間的に無名な人です。
だからこそ、「私」をアピールしても仕方ないし、かえってうるさい。

というわけで、いつかは「私」を主語にした本を書いてやると思いつつ、「あなた」のために下積みをつむのが、一般的な著者(とくにビジネス書)の通る道なんでしょう。
by aru-henshusha | 2007-06-13 20:35 | 本・出版
第1回 10年前の俺らは
(ほぼ日刊イトイ新聞 - 上がりたかったんだ。E.YAZAWAの就職論)
糸井 たとえば10年前、
矢沢永吉はどんなふうに考えてたの?
いろんなものの価値観が
がらっと変わりそうだなっていうときに。

矢沢 ひとつだけわかったことはね、
この激動の時代の中でね、
ダウンロードできないものを
作らないといけない
と思ったの。

糸井 ははぁー。

矢沢 ダウンロードできないものしか
残れないってわかったの。
だってものすごい勢いでさ、
すべてがダウンロードできる時代じゃない。

糸井 つまり、デジタルコピーのことですよね。

矢沢 そういうことです。
ダウンロード、デジタルコピー。
時代がそういうふうに動いていくときに、
どっちかだろうと思ったのよ。
ダウンロードできないものか、
逆に、とことんダウンロードできるものか、
どっちかだと思った。
真ん中じゃもうダメだと思ったね。
最初に言っておくと、僕は年のわりには(っていうほど若くもないけれど)、「古臭い編集者」なんですよ。
だから、ここで永ちゃん(としか呼びようがない……)が言った「ダウンロードできないもの」っていう言葉が、本当にうれしくて。

もちろん、出版業界のことを考えたら、電子書籍だの、ウェブで読む雑誌だの、携帯用コンテンツだの、オーディオブックだの、「激動の時代を生き抜くための武器」はできるだけ用意したほうがいいと思う。

でも、それらとは別に、「ダウンロードできないもの」を作り続けることも必要じゃないのかな。


じゃあ、出版における「ダウンロードできないもの」ってなんだよ?

って言われたら、それはまさしく、いままで作ってきた「本」じゃないかと僕は答える。

文字情報自体はダウンロードできるけど、本の重さとか、紙の質感とか、手で読む喜びとか、そういうものは、まだまだ紙の本にしかない。


「とことんダウンロードできるもの」をつくりたい人は、どんどん<そちら側>に行けばいいじゃない。
僕はこの業界にいる限りは、ずっと<こちら側>にいる。

本づくりは奥が深い。<こちら側>だけでも見えてない部分、やりのこしてる部分は、たくさんある。
by aru-henshusha | 2007-06-11 14:23 | 本・出版
タイトルとは「礼儀」である?(『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』100万部?日記)
タイトルとは、私にとって「礼儀」です。

付けなきゃいけないという意味で「儀式」であり、
内面にあるものを形にして外に表すという意味で「礼」です。
(中略)
コミュニケーションに欠かせない手段として必要になるのが「礼儀」です。

態度・服装・言葉遣いを整えることによって、相手への敬意を表するとともに
自己の内面を見える形にします。

いわゆる、「内面の表現」です。


本においても、表紙の装丁・帯、そしてタイトルで内面(中身)を表現します。

そして、礼儀と同じように本の表紙にも「お約束」があります。

各社の新書の表紙がシンプルなのも、
新書というのが「現代的教養を簡便に記したもの」であるという本質を表現した
お約束だなのだと思います。

そして、タイトルにもお約束があります。

「全体の内容を表現したもの」
「中身のイメージを投影したもの」
「読者の興味が引く内容を提示したもの」
「中身の本質を表現したもの」

などなど。

私はそのお約束の中から、想定する読者に合ったもの、時代に合ったものを
選択したに過ぎません。
これは、山田真哉氏が考える、本の「タイトル」のあり方である。

「礼儀」という言葉をセレクトするあたりが、山田さんの人柄なのだろう。
至極まっとうな意見なんだけど、「そうですね」の一言で済ますのは編集者として芸がないので、自分なりのタイトル論を蛇足ながら付け加える。


僕にとって、タイトルとは「口説き文句」である。

この本と1、2時間でいいから付き合ってよ。絶対、損はさせないから。

というのを、あの手この手で表現するのが、編集者にとってのタイトル(あるいはカバー、帯を含めた表1)のあり方だと思っている。


だから、当然「誰を口説くのか?」というのも大事な問題だ。

もちろん、中には「俺は何人でもやりたい!(=読ませたい)」と思って、いろんな人を口説けるような、間口の広いタイトルを考える場合もあるのだろうが、あまり対象を広げすぎると、「口説き文句」のメッセージは弱くなる。

それよりも、ターゲットを絞り込んで、そこからずれた層の人には見向きをされなくても、狙った層だったら必ず落ちるような、特定の人たちに「刺さる言葉」「刺さるデザイン」を考えるほうが無難である。


タイトルとは、ようは「口説き文句」である。_c0016141_9465365.jpgなお、僕は以前も書いたけど、『食い逃げされてもバイトは雇うな』というタイトルを、(口説き文句としては)それほどよいとは思わない。

むしろ、僕はこの本の帯のコピー、

「さおだけ」より「食い逃げ」

を高く評価する。

なぜなら、営業的観点から言えば、この本が『さおだけ』の第2弾だとアピールするのは必須であり、それもできるだけ短い言葉で、一瞬でわからせたほうがいい。

そして、「より」が効いている。

これは「口説き文句」で言えば、「前の男『より』俺のほうがぜってぇイイって」的ニュアンスを含む「より」である。

これは、本の中にも出てきた例の名物担当編集者の作ではないかと思うのだが、どうだろう?
こういうコピーがスラスラ出てくるのだとしたら、その人は実生活でもかなりモテるのではなかろうか。


追記:「食い逃げ」はいつかちゃんと書評を書きたいと思ってるのだけど、多忙で果たせぬままで、山田さんには申し訳ないと思っています。
とにかく、前作よりも面白いし、ビジネス書の編集者は必ず読むべきだと思う。
(なぜなら、僕らは「数字」の扱い方一つで売れたり、売れなくなったりする商品を作っているのだから)
by aru-henshusha | 2007-06-10 09:56 | 本・出版
意見に賛成かどうかは別として、この本、激しく読みたくなったなぁ。

桜井秀勲『イロハからわかる編集者入門』(文芸空間)
しかし、私がもっともインパクトを受けたのは次のようなところ。
「女性だったら頭と体の両方を使え」と小見出しにある。

……テレビ局では、愛、恋、不倫、エッチ、セックスといった言葉はもちろんのこと、「やらせろ」とか「イッちゃうわよ」といった言葉が、仕事の合間に笑いながら話されます。出版でも、ことに雑誌編集部は人間そのものを扱うところだけに、テレビ局と同じように、生々しい話題が平気で話されます。まずこのことをマスコミ希望の女性は心得ておくこと。カマトトではやっていけません。


誘われれば与えるものを与えてもいいでしょう。しかしそのとき、こちらはそれだけのトクをとることです。小娘のような態度では、到底この社会では生き延びられません。
「カマトトではやっていけない」という部分には、おおむね同意。
といっても、これはジャンルによるところが大きいと思うけど。
(たとえば、ビジネス書の著者が際どいことを言ってくるようなケースは少ないだろうし)

そんなことより、下の「与えるものを与えてもいい」というのはどうなんだろう?

もしかしたら、そういう「ワーク・スタイル」の女性編集者もいるのかもしれないけど、「カラダを使わなきゃ仕事にならない」というのは、ちょっと空しい気がする。

使えるものは全部使う、という考え方もあるんだろうが、「伝家の宝刀」を抜かなくても、それ以外の魅力で著者なり取材協力者を口説くほうが、やりがいがあるのではないだろうか?

とくに女性の「伝家の宝刀」って、年々、錆びていくものだしね……(失礼)
by aru-henshusha | 2007-06-04 01:36 | 本・出版
鈴木聡 氏より (コピーライター)(FAXDM、FAX送信の日本著者販促センター)
広告とは、演出することではなく、むしろ、本質に向いていくこと。つまり、洋服を着せるのではなく、裸にしていく。で、たったひとつ残ったものが、その商品のユニークであり、コンセプトになる。
この言葉を知って、僕は本の(帯)コピーにも似たようなことが言えるかもしれない、と思いました。

自分なりの言葉で言うと、「引き算のコピー」のほうがいいというか。


たとえば、下に掲載したような本のコピーは、「足し算」あるいは「かけ算」の発想でつけられたのだと思います。

キャッチコピーは、「引き算」で考えたほうがいいのかもしれない。_c0016141_16531511.jpg
判型が大きい本だからというのもありますが、とにかくセールスポイントを列挙し、「足して」いく。

上の鈴木聡さんの言葉になぞらえて言うなら、どんどん服を重ね着したあとに、アクセサリもジャラジャラつけていく。

こういうコピーが悪いというわけではないし、こういうコピーがハマる本・ジャンルも存在すると思います。

でも、このように「足し算」だけでしかコピーを考えられないとしたら、困る場面もきっとある。


僕自身、昔は「足し算」型コピーばかりつけてたんです。

けれど、あまりに足し算がすぎると、その本で言いたいことがボケて受け取られる危険性も高まります。

そのため、最近では、いろんなコピー案を出すだけ出したあとに、できるだけ「絞込み」をして、優先順位が低いコピーは「引いて」いきます。

さすがに、たったひとつを残すところまでは引きませんが(大体、メインコピー+サブコピーのセットでつくります)、余分なものを除いたあとに残るコピーは、やはりそれなりに強いと思うのです。
by aru-henshusha | 2007-06-01 17:04 | 本・出版
「仕事ができる男」それがモテる条件!?社内でモテる女性の条件、「明るい/前向き」が1位
(オリコンキャリア)

上の二つのランキングを見比べていただくと気づくと思うのですが、男性のモテる条件では総合2位だった【仕事ができる】が、女性のモテる条件には入っていないんですよね……

個人的には、仕事ができる(というか、本気で仕事にとりくんでいる)女性に好感を抱いているので、ちょっと意外。

もちろん、「仕事ができる」だけで他は全体的に難あり、なんて人はモテないと思いますが、女性における「仕事」ってモテ・ポイントではないんでしょうか……
by aru-henshusha | 2007-05-29 01:22 | 恋愛・男女